第100話 彼と父
お風呂から出て、リビングに行くと、客間からひまわりと母の笑い声が聞こえた。母まで和室に入り込み、聖君と話しているんだろうか。それともまだ、猫と遊んでいるんだろうか。
客間に行き襖を開けると、なんと聖君と、ひまわり、母と父とでトランプをしていた。
「トランプ?」
私がびっくりしていると、
「あ、お姉ちゃん、お父さん2回もババ抜きで負けたよ!」
とひまわりが、はしゃぎながら私に言った。
「バ、ババ抜き?」
「ああ、桃子。トランプをしようって、ひまわりに誘われて、久しぶりにやったよ。あはは、楽しかったな。さて、明日も早いし、もう寝るとするかな」
父はそう言うと、客間を出て行った。
「ほら、ひまわりももう部屋に行きなさい。お母さんはお風呂に入ってくるわ」
「は~~い」
「桃子も、あまり長くいないようにね。聖君も明日早いんだから」
「うん」
母とひまわりも客間を出て行った。
聖君はトランプを片付けていた。そこにしっぽがやってきて、聖君の膝の上に乗った。
「お、ここで寝るの?」
聖君が喜んだ。
「すごいね、しっぽがあっという間になついちゃった」
「あはは。さっき、思いっきり一緒に遊んだからじゃない?」
聖君はそう言うと、しっぽの背中をなでていた。
「可愛いよな~~」
う、しっぽ、いいなあ。すると茶太郎も来て、私の膝に乗ってきた。
「あ、茶太郎も来た」
聖君が、茶太郎を見て、
「茶太郎ってさ、オスだよね?もちろん」
と聞いてきた。
「うん」
「そっか~~」
私は茶太郎の背中をなでたり、首をなでたりした。茶太郎は目を細め、喉をごろごろと鳴らした。
「いいな」
聖君がじっと茶太郎を見て、ぼそってつぶやいた。
「しっぽも首なでると、ごろごろ言うよ?」
「え?ああ、そうじゃなくって。茶太郎がいいなって。っていうか、オスだよね?ちょっと、ジェラシー」
「へ?」
「今、猫になって桃子ちゃんの膝の上で、丸くなりたい気分」
はあ?!
いや、待てよ、私もしっぽが羨ましくなっていたから、おあいこか。
「桃子ちゃん、あの辺にあるものってさ、エステで使うもの?」
聖君は客間の奥に置いてある、荷物を指差した。
「うん、お母さんの」
「じゃ、綿棒も使ったら駄目かな」
「いいよ、そのくらいは。持って来るね」
私が立とうとすると、茶太郎は膝から飛び降り、そのまま座り込み、自分の背中の毛繕いを始めた。
聖君に綿棒を渡した。
「あのさ、それでお願いがあるんだけど」
「私に?」
「うん。その…」
なんのお願い?なんだか言いにくそう。あ、もしかして。
「耳掃除?」
「うん」
膝枕して…、かな?
「いいよ」
私がそう言うと、聖君はすごく嬉しそうな顔をして、しっぽを膝の上からおろし、私の膝の上に頭を乗せた。
うわ。なんだか照れる。
「い、痛かったら言ってね?」
「うん」
わ~~。聖君の耳だよ!あ!すごい発見だ。耳の後ろにほくろがあった。
でも、手が震えたら大変だ。しっかりと震えないように、しなくっちゃ。私は集中して、耳の中を見て、掃除をし始めた。
「やばい」
聖君がぼそって言った。
「痛かった?」
「ううん、なんだかすげえ、気持ちいいなって思って」
「そ、そう?」
か~~~。なんでだか知らないけど、顔がほてった。
「終わったよ」
「じゃ、こっちの耳もお願い」
聖君はぐるりと顔をこっちに向けた。
「あ、桃子ちゃんの匂いがした」
「え?」
どどどど、どんな匂い?!
「石鹸?それとも何?」
「何かな。もしかすると、肌に塗ってるクリームかな」
「ああ、そっか」
聖君は目を閉じていた。
なんだか、段々と可愛くなってきた。私よりも大きいのに、膝の上にちょこんと頭を乗せてるなんて。
「終わったよ」
「もう?」
「うん」
「ありがとう」
聖君はそう言うと、いきなり私のお腹に抱きついて、
「あ~。離れたくない。けど、今誰か入ってきたら、確実にやばいね」
と、名残惜しそうに体を起こした。
「鍵、かかんないね、襖だもんね」
「うん」
「ちぇ」
ちぇって…、おいおい。
「あれ?また茶太郎としっぽ、布団に丸くなってる。今日は俺と一緒に寝てくれるのかな」
「あ、今日この布団干したからだ。きっと、ふわふわだし、お日様の匂いがするんだね」
「ああ。そっか~」
聖君は2匹の横にごろりんと、ねっころがった。
「あ、本当だ。気持ちいいね?」
聖君がしっぽのすぐそばに顔を近づけ、そう言うと、しっぽに前足で顔をちょこちょこ触られていた。
「あはは。可愛い」
聖君が、目を細めて笑った。
「ねえ、猫の爪って本当に、いつもは痛くないね」
「うん。だって、隠れているから」
私はしっぽの前足を持って、ぐにって押した。すると、爪が現れた。
「あ、本当だ」
聖君がそれをまじまじと見た。
「肉球も触ってみる?」
「うん」
聖君は触ってみて、喜んでいた。
「うにゃ~」
しっぽがいい加減にしてくれって感じで、そう鳴いたから、私は前足を離してあげた。すると掴まれていたところをぺろぺろ舐め、また丸くなった。
「そろそろ私も部屋に行くね。おやすみ、聖君」
「うん、おやすみ。桃子ちゃん」
聖君は軽く私にキスをした。そして、にっこりと微笑んだ。
ああ、猫よりも私は、その笑顔の方が100倍可愛いと思う。
客間から出て、2階にあがった。そして気がついた。私の部屋の下がちょうど、客間だった。
ああ、この下に聖君がいるんだ。
それだけで、嬉しかった。
電気を消して、ベッドに横になった。すると、メールが来た。
>桃子ちゃん、言い忘れた。愛してるよ。
聖君からだ。きゃ~~。もう、照れるよ、こんなメール。でも、
>私も大好きだよ、聖君。
と返信した。
不思議だ。メールだってすぐ下にいる、聖君から来てるんだもんね。ああ、幸せだ~。
明日の朝は早起きして、お弁当を作ろう。それから朝食も。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
翌朝、
「おはよう、桃子ちゃん」
という聖君の声がした。ああ、携帯のアラーム…。布団から手を出し、携帯を取ろうとすると、誰かに手をぐにって握られた。
「え?」
目を開けると、聖君がいた。
「あれ?」
「おはよう。もう6時になるよ」
「え?!」
えっと、なんで聖君が?
「俺、もうそろそろしたら、行くね」
「……」
どこへ?えっと。
「あ!釣り?」
「うん」
「お弁当!」
「お母さんが作ってくれたから」
がが~~~~~ん。また寝坊した!!!!
「お母さん起こしてくれなかった」
「え?起こしに来たってよ」
ええ~~~?!
「うん、今起きるって、桃子ちゃん言ったらしいよ」
「お、覚えていない…」
「あはは。寝ぼけてたんだ。じゃ、そのまま寝てて。俺、行って来るからさ」
「見送る!」
「いいよ、寝てて。じゃあね、行ってきます」
聖君はそう言うと、私にキスをして部屋を出て行った。
あ~~~~~。ショックだ。これじゃ、聖君と結婚して、朝早くに出かけるって時に絶対に、起きれない。寝坊する。
呆れた?聖君。っていう顔していなかった。なんだかすごく優しい表情だったし。
なんで毎回、毎回、寝坊してるのに、あんなにいつも優しいんだか。
は!今気がついたけど、今日もまた私は、すごい爆発しちゃってる髪だし、もしかしてめやにとかついていたんじゃないの?
情けなさ過ぎる~~~~。
着替えてから、一階に下りた。
「おそよう、桃子。聖君、行っちゃったわよ」
「うん。さっき、部屋まで来て、行ってきますって言ってくれた」
「まったく、呆れちゃう。桃子ったらいつまでも起きてこないって、また起こしに行こうとしたら、聖君が、いいです、寝かせておいてあげてくださいって。本当に優しいわよね」
「う、うん」
限りなく優しいと思う。
「あんな旦那さん、欲しいくらいだわ」
「え?お母さんが?」
「だって、かっこいいし、優しいし、申し分ないじゃないの」
「うん」
まったくだ。
「ねえ、桃子」
「え?」
「聖君、本気であなたと結婚したいとか、言ってない?」
「え?!!!?なんで?!!!」
「あんなに素敵な人、そうそう現れないから、今のうちにしっかりと捕まえておかないとって思ってね」
「……」
なんだ、そりゃ。
顔を洗い、朝ごはんを食べていると、ひまわりが起きてきた。
「あれ?聖君は?」
「もうとっくに、お父さんと釣りに行ったよ」
「え~~~~!!」
ひまわりがショックを受けていた。
「大丈夫よ。一回またうちに寄るって言ってたし、あまり遅くならないうちに、帰ってくるって」
母がひまわりをなだめた。
「本当?」
「ひまわりも、本当に聖君が好きねえ」
「うん!」
母の言葉に、ひまわりは元気にうなづいた。
ああ…。私だって、聖君にまたすぐにでも、会いたいよ。お父さんいいな。今日は聖君を独り占めできて。
午前中に買い物に行き、昼から夜ご飯の準備と、ケーキを作った。
3時過ぎ、聖君と父が帰ってきた。
「ただいま!」
良かった。父は、上機嫌の声のままだ。
「おかえりなさい」
母、私、ひまわりの3人で玄関に出迎えに行った。
「ただいま」
聖君はにっこりと笑いながら、家に入ってきた。
「釣れた?どうだった?」
ひまわりが聞くと、お父さんが上機嫌で、
「釣れた、釣れた」
と嬉しそうに言った。
釣りの道具を父と聖君は、片付けだした。その間に、私と母とで、お茶の用意を整えた。
「片づけが終わったら、ダイニングに来て。桃子が焼いたケーキがあるから」
「わ!すげえ。だからいい匂いがしてたんだ」
聖君が喜んだ。父は鼻歌を歌いながら、片づけをしていた。
なんだか、ほんわかしているな~。聖君は、もう家族の一員みたいだ。
ダイニングにみんなで座り、ケーキを食べながら、釣りの話を聞いた。父は日ごろ、口数が少ないが、聖君がいると、めっきりおしゃべりになる。それに合わせて、聖君は大笑いをしたり、目を輝かせる。それが、父は嬉しいらしい。さらに、楽しそうに話し出す。
私はその光景を見ているのが好きだ。母も、時々話に加わり、嬉しそうに笑い、ひまわりは、たまに関係ない話をしだして、聖君の気を引こうとする。
「ひまわり、バイトの時間」
私が言うと、ひまわりは時計を見た。
「ああ!本当だ。もう~~。聖君と話がもっとしたかったのに。今日も泊っていかない?」
「うん。ごめんね、明日大学あるから」
聖君はひまわりに、そう答えた。
「じゃ、また絶対に遊びに来て」
「うん、来るよ」
聖君がにっこりと笑ったからか、ひまわりは安心して、家を出て行った。
「夕飯は食べていくでしょ?」
母が聖君に聞いた。
「あ~~。すみません。夜、店の手伝いをするから、もう帰ります」
「あら、これからバイト?大変じゃない」
「店の手伝いは慣れてるから、そんな大変じゃないです」
聖君はにっこり笑い、そう答えた。
「じゃあ、今日釣った魚を持って行ってくれ」
父がそう言うと、
「え?いいんすか?」
と聖君は恐縮した。
「ああ、聖君が釣ったのは、聖君の家族で食べてくれ」
「はい。ありがとうございます」
聖君は、アイスボックスを受け取り、玄関に行き、
「じゃあ、いろいろとありがとうございました。楽しかったです」
と言って、ぺこりとお辞儀をした。
「また近いうちに、遊びに来てね」
母が、ニコニコ顔で聖君にそう言うと、
「はい。あ、うちの両親がぜひ、店に来てくださいって言ってました」
と、聖君も母に笑顔でそう言った。
「そうね!まだ行ってなかったわね!」
母も父も、今度ぜひ伺うよと、聖君に答えた。
「ご両親によろしくね」
「はい。じゃあ、失礼します」
聖君は玄関を出た。
「そこまで、送ってく」
私は急いで靴を履き、聖君のあとを追った。
「重くない?荷物」
「うん、大丈夫。あ、ケーキ旨かったよ。サンキュー」
「うん」
私は聖君の横に並び、歩き出した。
「すごくお父さん、嬉しそうだった」
「俺も、すげえ楽しかったよ」
「ほんと?無理してない?」
「あはは!無理してそうに見えた?」
「ううん」
「でしょ?」
「朝、ごめんね、お弁当も作れなかったし、見送りもできなかった」
「ああ、いいよ、いいよ。それだけ朝、早かったんだし」
「でも、これがもし奥さんだったとしたら、奥さん失格だよね」
「え?」
聖君は目を丸くした後、真っ赤になった。
あれ?なんで?私また、何かとんでもないこと言った?
「だ、大丈夫。奥さんになったとしても、俺、きっと、寝ぼけてる桃子ちゃんにキスして、出かけるから」
「え?」
か~~~。その言葉に、こっちが真っ赤になった。そうか。結婚してるって前提で、私ったら話しちゃったんだ。
「あの、もし…だからね?」
と、念のためにそう言うと、聖君は、
「そうなの?結婚したら、って話でしょ?」
と聞いてきた。
「う、うん。私の妄想だから、その…」
「くす」
あれ?笑われた。
「きっと未来に起こるだろう、妄想だね」
聖君はそう言うと、目を細めて優しい表情をした。
「未来に起こる?」
「そう。そんな話を今日も、お父さんとしてた」
「え?そんな話って?」
「桃子と聖君が結婚したら、桃子は朝寝坊して、お弁当なんて作れないんじゃないのかって」
「え?お父さん、そんなこと言ってた?」
「でも、俺が作るから大丈夫ですって言ったら、ずいぶんと聖君は桃子に甘いんだなって笑われた」
「ええ?!」
「子どものお弁当まで、聖君が作るようになるんじゃないかってさ」
きゃ~~。なんつう会話!
「俺、そういうのを想像しちゃったんだ。俺がお弁当を作ってると、桃子ちゃんが慌てて起きてくるの。きゃ~~、また寝坊しちゃった。とか言って」
「……」
あ、ありえるから何も言えない。
「くすくす」
聖君は思い出し笑いをした。
「お父さん、面白いよね。孫が生まれたら、こうする、ああするってもう、いろんなこと考えてて。俺よりも、妄想家だよ」
「孫?!!!」
「桃子ちゃんが大事だから、絶対に彼氏とかできるの嫌だったんだって」
聖君は、淡々と話を続けた。
「お嫁にいくなんて、考えたくもないってずっと、思ってたんだって。でも、俺が会いに来ちゃったじゃん。沖縄行きの話とかもあって、桃子ちゃんがいつか結婚するんだ、自分のもとを離れていくんだって、それを認めざるをえなくなって、悲しいけど、受け入れることにしたんだってさ。桃子ちゃんがいつか、お嫁に行くこと」
「うん」
「そうしたら今度は、いつか孫が生まれるんだなってことを、考えるようになって、すごく楽しみになっちゃったらしくって。今は、そんな日が早くに来ないかって、わくわくしてるんだってさ」
「ええ?早くも何も、私まだ、高校生だし、結婚だってまだまだ先」
「だよね。おかしいよね」
聖君はまた、くすくすって笑うと、
「だけど、案外、本当に早くに結婚しちゃったりしてね」
と私の方を見ずに、そんなことを言った。
「え?!」
「なんてね」
聖君はぺろっと舌を出し、おどけて見せた。
うわ。びっくりした。聖君、冗談?それ…。そんな冗談言うと、私、本気にしちゃうよ。危ない、危ない。
聖君はそのまま、ちょっとそっぽを向いていた。後ろから耳が赤くなってるのが見えた。あれ?今照れてるの?
「魚、父さんにさばいてもらおうかな。俺、できないんだよね」
聖君はいきなりそんなことを言い、
「あ~。今日はまじで、楽しかった」
とまた、嬉しそうにそう言った。