第1話 初詣
夢を見た。私は海にいた。海のど真ん中で、浮き輪につかまっていた。そこに、聖君や、基樹君が泳いできて、その後ろを、菜摘と蘭が追いかけてきて…。
「あ。聖君」
と、声をかけた。でも、聖君は、
「今度は浜辺まで、競争な!」
と言って、みんなと思い切り楽しそうに笑って泳いで行ってしまった。
浜辺にたどり着いた聖君は、
「俺、1番!」
と言いながら、笑っていた。すごく可愛い笑顔で…。でも、私はまだ沖にいた。もがいて、泳ごうとしても、どんどん流されていき、浜辺すら見えなくなった。
「聖君!」
と、呼んでみても、声なんか届かなかった。
ものすごい不安と、悲しさと孤独と、いっぺんに押し寄せてくる。
やっぱり、夢だったんだよ。聖君の彼女になれたことなんて、全部、嘘だったんだよ。
「電話だよ!早く出て!」
という、いきなりの聖君の声がした。
え?え?海のど真ん中で、私は驚いて辺りを見回した。
「電話だよ!早く出て!」
聖君の声だ。すると、海だったはずの場所がいきなり、私の部屋になり、隣に聖君がいて、
「電話だよ」
と、笑いながら言ってる。
「あれ?」
やっと、目が覚めた。横を見ると、携帯の光が点滅してて、聖君の着ボイスの声がしていた。
そうだった。聖君からの電話は、聖君の声の着ボイスにしてたんだった。
「もしもし!」
慌てて電話に出ると、
「あ~~~~。やっぱり、寝てた!」
聖君が、大声でそう言った。
「え?」
「え?じゃないよ。もうみんな、新百合の駅にいるよ。初詣、行く約束でしょ?」
「あ!」
わ~~~~、寝坊した。そうだった。カウントダウンを電話で、聖君としてて、今朝5時には集合しようって言ってたんだった。
「出られる?お日様も、あがっちゃうよ」
そうだった!初日の出も見ようって言ってたんだった。
「ごめん!すぐに用意して出る」
「わかった。俺だけ、桃子ちゃんちに向かうから、あとのみんなにはもう、電車乗ってもらうよ」
「え?でも、それじゃ聖君に悪い」
「何それ?」
「え?」
「あのさ、俺は桃子ちゃんがいないと、意味ないでしょ?」
「え?」
「え?じゃなくてさ。彼女のいない初詣とか、つまらないって思わない?」
「……」
「とにかく、今から迎えに行くからね。用意しててね」
そう言うと、聖君は電話を切った。もしかして、ものすごく呆れてる?
ああ、そのうえ、私はまた、あんな片思いしていた頃の夢をみているし…。
急いで顔を洗い、髪の毛をとかした。着替えをしていたら、ポニーテールにする時間がなくなった。
「電話だよ!」
とまた、聖君の声が携帯からして、すぐに出た。
「家の前まで来たよ。お母さんたち寝てるでしょ?呼び鈴は押さないから、ここで待ってるね」
「うん。もうすぐに出れる」
そう言って電話を切って、上着をはおり、ブーツを履いて玄関を開けた。そこには、ちょっと背中を丸めて、寒そうにしている聖君がいた。
「ごめんね」
と言って、聖君の近くに行くと、聖君は、
「あれ?!」
と、びっくりしてしていた。
「え?」
私、どっか変?
「あ、髪の毛おろしてるからか」
と、聖君はつぶやいた。
「変?」
「ううん。いつもより、大人っぽい」
え~~~?本当に?
私、くせっけで、なかなかまとまらないし、学校でもこのくせっけが目立つから、ずっとポニーテールにしてたんだよね…。でも、それが幼く見られていた原因だったの?
「感じ変わるんだね。髪形だけでも…」
聖君はそう言うと、ぼりって、手袋をはめたままの手で頭を掻いた。あ。これ、聖君が照れてる時の癖なんだよね。じゃ、今、照れてるんだ…。
「手袋、はめてきてくれたの?」
私があげた手袋だった。
「うん、だって、これ、すごいあったかいしさ」
聖君が、そう笑いながら言った。
「桃子ちゃん、手袋は?」
「持ってこなかった」
「取りに帰る?」
もう、家を出て、しばらく歩いたところにいた。
「ううん。大丈夫」
「じゃ、これ、はめて」
聖君は、自分の手にはめてた手袋を外して渡してくれた。
「でも、そうしたら聖君が…」
と言いかけると、
「こっちの手はね、はめとくよ」
と、片方の手の手袋は、外さなかった。
「はい。手」
聖君は、手袋を外した方の手を、差し出した。
「え?うん」
私も手袋をしていない手を、差し出した。聖君は、私と手をつなぐと、そのまま自分のジャケットのポケットにつないだまま、手をつっこんだ。
「あったかい?」
「うん」
聖君の手は、本当にあったかかった。
ああ、いつもの優しい聖君だ。なのになんであんな夢、見たのかな。
昨日は、夜中の12時近くに聖君が電話をくれて、それから一緒にカウントダウンをした。
「5、4、3、2、1。明けまして、おめでとう~~~!」
聖君が、元気にそう言った。
「おめでとう」
私もそう言うと、
「今年もよろしく、桃子ちゃん」
と、また元気に、聖君が言ってくれたんだ。それから、朝早くに起きることになるし、もう寝ようねって言って、電話を切った。
しばらく私は寝れなかった。ああ、そうだ。出会った頃を思い出していたんだ。だから、あんな夢を見たのかな。
「どっかで、みんなと落ち会えるかな」
聖君が、ぼそってそう言った。
「ごめんね。私が寝坊したから」
「いいよ。もしかして、俺の夢でも見てたんじゃないの?」
ドキ!なんでわかるの?
「あれ?もしかして、図星?」
聖君が、私の顔を覗き込んでそう言った。どうも、私は全部顔に出るらしく、黙っていてもばれてしまう。
「うん。聖君の夢見てた」
「あはは!そうなんだ。じゃ、起きれなくてもしかたないよね」
聖君が、目を細めて笑いながらそう言った。
「うん…」
でもな…、片思いの時の夢だったしな…。
「どんな夢?」
「え?!」
「どんなの?」
ああ…。それはあまり、言いたくない。
「あれ?あまりいい夢じゃなかった?」
え?また私、顔に出てたかな…。
「あ、あのね…。みんなで、最初の頃海に行ったでしょ?」
「うん」
「その頃の夢」
「…ふうん。で?あんまり嬉しくない夢だったの?」
「え?な、なんでわかるの?」
「だって、声沈んでるし…」
「う、うん…」
ああ、声でもわかっちゃうのか…。
駅に着き、切符を買って、ホームに並んだ。冷たい風が吹いてきて、聖君がまた、
「さむ!」
って、体を丸めた。つないでた手を離していたのに、すぐにまた聖君が、私の手を掴んで、ポケットに入れた。そして、ぎゅって力強く握ってきた。
「もしかして、夢の中で落ち込んでたんじゃないの?」
「え?」
図星…。
「あ、当たった?」
「うん」
「…。そっか~。最初の頃か~」
電車が来て、聖君と電車に乗ると、聖君はポケットから手を出して、私とつないでいた手を離した。それから、その手で頭をなでられた。
「?」
「髪、おろしててもやっぱり、マルチーズ」
「ええ?もう~~~」
「あはは!クロにも似てる」
「もう~~~」
「…。桃子ちゃんに俺、冷たかったかな」
「え?」
「初めの頃。俺、あまり覚えてなくてさ」
「冷たくないよ。花火大会で迷子になった時も、優しかった」
「あ!あれは、その…」
聖君はうつむいて、頭を掻いた。
「あれは、ほんとごめんね」
「ううん。聖君が謝ることない」
聖君が、あまりにも申し訳なさそうに言うから、慌てて私はそう言った。
「……。浴衣着てたよね」
「うん」
そうだ。菜摘も蘭も、すごく似合ってたけど、私はまるで子供みたいだった。
「可愛かったな…。桃子ちゃん」
「え?!覚えてるの?」
「覚えてるよ、そりゃ。紺色の浴衣。似合ってた」
私のことなんて、まったく視界に入ってないと思ってたのに…。
「あ、最後にあがった花火、桃子ちゃん見れなかったんだよね。俺の方向いてたから」
「うん。聖君が、花火見てる表情、見ていたかったんだ」
「え?!」
聖君が少し、びっくりして、それからまた頭を掻いた。
「あ~~。なんか照れる。俺、きっと変なことばっかりしてたよね」
「ううん。ほんとに優しかったよ。海でも、ちゃんと戻ってきてくれたし」
「え?」
「みんなで、浜辺まで競争して泳いで行っちゃった時、ちゃんと聖君は、戻ってきてくれて、私のこと浜辺まで、連れていってくれた」
「ああ。あんとき。だって、海のど真ん中でおいていかれたら、不安でしょ?」
「え?…うん」
今日の夢では、聖君は戻ってこなかった。ひどいな、私。本当の聖君はこんなに優しいのに。
「そうだよな~~。あの頃、あんまり桃子ちゃんのこと、見れてなかった。損したな」
「え?」
損?
「きっと、面白い桃子ちゃん、見逃してたよね」
「お、面白い~~?」
「あはは!だって、桃子ちゃん、面白いじゃん」
あ~~~。もう…。たまにそうやってからかうから、本当に好かれてるのかって不安になる。
「もし、みんなに落ち合えなかったら、二人だけで初詣行こうね」
「え?いいの?」
「うん」
それから、聖君はしばらく黙って、外を眺めていた。私も黙って、外を見た。
窓ガラスに映る聖君の顔は、穏やかで、優しい顔つきをしていて、安心した。前は聖君が黙っていると、不安になることもあったけど、今は、黙っていても聖君の優しさや、あったかさを感じられる。
明治神宮の駅に着くと、すごい人だった。
「こんなじゃ、会えないかな」
聖君はそう言うと、携帯を取り出し、葉君に電話をかけた。
「あ、俺。今駅に着いた。…え?もう行ってるの?」
どうやら、みんな明治神宮に行ってしまってるようだった。
「二人で行こう。はぐれないように手、つないで」
聖君は、そう言うと、私の手を取り歩き出した。
空がだんだんと明るくなってきた。
「初日の出、一緒に見れるね」
聖君がこっちを向いて、にっこりと笑った。
でも、辺りは人、人、人…。空がいつの間にか白々としてきて、太陽が昇ってくるところは見れなかったものの、でも、空に奇麗に輝いている太陽を見ることが出来た。
それから何十分かして、ようやくお参りをすることが出来た。
…ずっと、この幸せが続きますように…。私は手を合わせて、そうお参りした。
そして、そのあと、おみくじをひくと、聖君は大吉だった。
「わ、やったね!桃子ちゃんは?」
「…凶」
「え?!それってすごい確立じゃないの?宝くじでも買っとく?」
聖君は笑ったけど、私は思い切り落ち込んでしまった。
「大丈夫だよ。俺のおみくじと足して2で割ったら、ちょうどいいって」
ど、どうなのかな、それって…。それに、凶だなんて…。なんだか、お参りの言葉も叶うんだろうかって、不安になってしまった。
その時、携帯が鳴った。
「おお。何?…え?朝ごはん?うん。わかった」
聖君は電話を切った。
「あいつら、駅近くで、朝ごはん食ってるから来いってさ」
「こんな時間に開いてるの?」
「うん、やってる店があるんだって」
まだ、人混みはすごかった。というよりも、さっきよりもさらに、混み合ってきていた。聖君の手をしっかりと掴んで、私は人と人の間を歩いた。だけど、どうしても、人にぶつかったりしてしまう。
すると、いきなり聖君が、手を離し、ぐいって私の肩を抱き、引き寄せた。
わ~~~~~~!私は、頭がパニックして、それに顔が熱くなり、火が出るかと思ったほどだ。
「すごい人だね」
それだけ言うと、聖君は、私の肩を抱いたまま、歩き出した。聖君の声とともに、息が私の頭にかかった。ああ…。心臓が乱れている。どくんどくんって飛び出しそうだ。
聖君は駅に近づくと、携帯を手に取り、葉君に電話をかけ、場所を聞きだした。そして、みんながいるお店にすぐにたどり着いた。
「桃子!明けまして、おめでとう~~」
蘭と、菜摘が私に向かって手を振った。
「あ!おめでとう」
私も手を振りながら、みんなに近づいた。
「おお。聖、よくすぐにわかったじゃんか」
「うん。方向は任せてよ」
「お前、強いよな、そういうの」
葉君と、基樹君にそう言われて、聖君は笑いながら席に着いた。
みんなはもう、ご飯を食べ終わり、コーヒーや紅茶を飲んでいた。
「わりいな。遅くなって」
と、聖君が謝った。
「私が、寝坊したから!」
と、私が慌ててそう言うと、
「いいよ。それより、早くオーダーしちゃえば?」
と、葉君が言ってくれた。
オーダーを済ませ、水を飲んで一息つくと、基樹君が、聖君と私におみくじを見せてくれた。
「見て!大吉だった。これで、来年の受験も一安心だ」
「俺も大吉。でもこれ、今年1年のだろ?来年のまた、来年ひかないと意味ないんじゃないの?」
聖君がそう言うと、基樹君は、
「いいの!それに俺もう、今日しっかりと受かるようにお願いしてきたし!」
と、自慢げに言った。
「気が早いよ、お前」
聖君も葉君も、笑った。
「葉君と聖君も、受験するの?」
蘭が聞くと、
「俺はすぐに働くよ」
と葉君が答えた。
「俺は、受験する。それに行きたい大学も決まった」
聖君は、にっこりと笑ってそう答えた。
「え?決まったの?兄貴悩んでたけど」
と菜摘が言った。……。悩んでたの?私は、知らなかったよ。
「うん。迷ってたけどさ。やっぱり、琉球大学にしたよ」
聖君が、少しだけ声を低くして、そう言った。
「まじ?それ沖縄だろ?」
基樹君が言うと、葉君は、
「沖縄行きたがってたもんな、お前」
と、落ち着いて言った。
「沖縄、遠いよ、兄貴。そうそう会えなくなっちゃうじゃん。ね?桃子」
「……」
菜摘が聞いてきた。私は何も答えられなかった。
聞いてなかった。そんなことで悩んでいたことも。
…沖縄?…4年も?
沖縄に行きたいってことも、何にも聞いてないよ…。
「桃子?」
菜摘が、ちょっと心配そうに私の顔を覗きこんだ。ああ、いけない。私、顔に出ちゃうんだっけ。
聖君の顔を見ると、目が合ったけど、すぐに目をそらされてしまった。
なんで?
いきなり不安が押し寄せてくる。
「ああ~~。受験生だな、俺ら」
基樹君が、暗くそう言うと、
「うん。俺なんか相当頑張らないと、受かりそうもないや。今年1年は、勉強一色になりそう」
聖君は、静かにそう言った。菜摘は、
「兄貴なら、大丈夫だよ」
と、励ましていた。でも、私は何も言えないでいた。