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第8話 モブ執事は頼み込む

 一見すると古びた廃墟のようなその店構えは間違いなく開店していた。


「ごめんくださ~い……」


 その人を寄せ付けない怪しげな雰囲気も相まって、中に入るのを一瞬躊躇いながらも俺は扉を叩いた。


 店内は営業しているのかどうかも判然としない外装に反さず、薄暗く怪しげな雰囲気を放っていた。不気味な色をした花や、人の顔のような模様をした木の根っこ、更にはネズミのような動物の死体が何かしらの溶液で浸され瓶詰めされたのを目の当たりにしたときは、流石に面くらった。


 周囲を見渡せど、もちろん客の気配なんてない。ついでに言えば店主の気配もだ。ならばと、店内の奥──どこもかしこも不気味な、商品かも怪しいモノが陳列された棚を掻き分けた先に進んでようやく、一人の妙齢の女性が詰まらなさそうに店番をしているのを見つけた。


「──あら? お客さんなんて珍しい……」


 眠たげな眼をこちらに向け、まったく接客する様子の無い、しかして俺の来店を認めた女性こそが、この錬金工房の主──


「お初にお目にかかります、貴方がかの有名な〈黒輝の錬金術師〉ダリア・メイクラッド様でお間違えないでしょうか?」


 濡羽色の長髪は彼女の異名となった代名詞であり、妖艶さを孕む漆黒のドレスに身を包んだ彼女はこの世界──『ヘルデイズ』に於いて、有数の実績と実力を誇る錬金術師だ。


「あら、私のことを知っているなんて……随分と博識なのね、坊や?」


 覇気のない眠たげな様子から一転、眼前の錬金術師はこちらを値踏みするような視線に変わる。


「恐縮です……」


「ふふ、そんな畏まらなくていいわよ。堅苦しいのは嫌いなの」


 藍色の、舐めつけるような視線に俺は得も言われぬおぞましさを覚える。


 流石はゲーム屈指の強キャラと言ったところか。見た目はうら若き乙女のそれであるがその実、眼前の女性は三百年以上の時を生きた伝説の魔女だ。ゲームでは錬金術コンテンツの解放と同時に現れて、彼女から受けられるサブクエストを攻略していくと特殊技能「錬金術」のスキルを獲得することができる。


 滲み出る強者感と、その意味ありげな異名から、かつては名を馳せた大魔術師だったとサブクエストを進めていくうちに明かされる。更に特殊な条件を満たせば彼女(ダリア)を攻略できるシナリオルートが解放されて、ゲーム開始時点でどうしてこんな人の寄り付かないところで寂しく工房を営んでいるのか、それに至るまでの壮絶なバックボーンが詳らかに明かされる。つまりこのゲーム、百合も行けちゃうのだ。


 ──例に漏れず、このキャラも俺好みなんだよなぁ……。


 見た目はダウナーでクール系の年上お姉さんで、加えて魔術の天才で色々と壮絶な過去をお持ち、しかも顔良し、おっぱいデカしともう男の欲望を詰め込んだような存在だ。リアルで見ると、マジで見惚れそうである……と言うか、実際見惚れてしまった。


 流石は有名イラストレーターによって描かれた神キャラデザなだけある。このキャラデザの良さと、百合ルートのお陰で男である前世の俺はこの乙女ゲーをプレイし続けられたところがある。


 ──まぁ、付随してきたクソダルコンテンツの所為で何度心が折れかけたかわからんがな。


 そんな複雑な心境もあって、俺は次の言葉を言い淀んでいた。


 正直、かなり緊張している。覚悟を定めてここを訪ねてきたつもりであったが、やはり実物を目の前にしてしまうと尻込みしてしまう。これから訪れるであろう地獄を考えると怯んでしまっても仕方のない気もしてしまう。


 ──素材集め、精錬、合成、失敗。素材集め、精錬、合成、失敗。素材集め、精錬、合成、失敗……うっ、頭が。


 思い出しただけで吐き気と、ストレス性の頭痛によって思わず頭を押さえそうになる。そんな挙動不審な俺を見て首を傾げながらも、工房の主は要件を尋ねてきた。


「──それで……お貴族様の使用人さんが、わざわざこんな草臥れた場所にどんな御用かしら?」


「ご挨拶もせずに大変失礼しました──私はアロガンシア公爵家に仕える使用人の一人、名をセスナ・ハウンドロッドと申します。本日は黒輝の錬金術師様にご相談があって馳せ参じました」


「あらあら、何かしら。私みたいなしがない魔女にできるお願いかしら?」


 こちらの言葉を受けとったダリアはわざとらしくおどけて見せる。そんな彼女を見て俺は頭を振って言葉を続けた。このまま勢いで言いたいこと言っちまおう。


「いえ、寧ろこれは貴方にしかご相談できないことです。……元に戻してほしいモノがあります。どうか、黒輝の錬金術師様にしか扱えない秘術──〈再生の錬金〉の奇跡に与りたい」


「……当に博識なのね──ここに辿り着けた時点で色々と訳アリだとは思っていたけど、まさか()()()()()()()()()()()()()


「ッ──!?」


 不意にダリアの様子が急変する。それは明らかな警戒であり、その言葉には尋常ではない魔力が込められ、聞いただけで不可視の壁、圧力に押しつぶされる圧迫感が全身を襲う。


 ──まぁ、こうなるよな……!!


 その圧力に何とか気を保ちながら俺は歯噛みする。想定通りのダリアの反応ではあるが、功を焦り過ぎたとも内心で思う。


〈再生の錬金〉


 これこそが今回の宛であり、不可能を可能にする奇跡の再現。


 その名の通り、壊れてしまった道具や解読不能までに朽ちた歴史書……果ては死んだ人間の命までも再生させる(設定上)。神と見紛う奇跡の御業はゲームでもぶっ壊れた性能をしている。なにせ、この〈再生の錬金〉が使えなければ手に入らないアイテムや作成できない武具があるくらいなのだ。


 まあそんな重要な魔術だから、当然ながらそれなりに代償を払う必要はあるが、現実となったこの世界となれば更に破格の性能だ。


 ゲーム内ではダリアの長すぎるサブクエストを最後まで攻略し、スキル「錬金術」の熟練度をカンストさせてようやく解放されるエンドコンテンツでもある。本来ならばゲーム主人公にしか扱えない、モブ執事である俺がどう頑張っても扱えないその方法だが、別に俺本人がこの技術をわざわざ身につける必要はない。


 ──何せ、目の前に既に〈再生の錬金〉の生みの親がいるんだから。


 つまり、この交渉次第にはなるが、本来ならば様々な苦労の果てに使えるようになる錬金の秘術をその過程を一切無視して、使えてしまうと言う訳である。その代わりに、膨大な素材(リソース)が必要になるのだろうが……そんなの死ぬことと比べたら些細なことだ。


「その若さにしては立派な胆力ね。失神させるつもりで脅したのだけれど……?」


「日ごろから、主人をお守りする為に鍛えているので……」


 依然として濃密な魔力を纏わせて圧をかけてくるダリアに、俺は何とか堪える。


 ここでぶっ倒れでもしようものならば計画が破綻する。全てはこの魔女のご機嫌一つ次第なのだ。数分の睨み合い、無限にも感じる重苦しい圧力にじわじわと精神を削られる中……ふと、工房の主は不敵な笑みを称えた。


「──いいわ。その覚悟に免じて、貴方の望みを言ってみなさい。奇跡の御業に縋ってまで取り戻したいものは何? 朽ち果てた古代の文献の再生? もう二度と取り戻せない輝かしい栄光? 失ってしまった儚い追憶? それとも──決して起き上がることのない死者の再生?」


 軽くなった魔女の言葉に俺は一つ目の賭けに勝ったと確信する。


 これから望む願いの代償に何を求められるかは分からない。けれど、今彼女が言ったことと比べれば、今から願うことは随分と可愛らしいものだ。だから、ここまで来てしまえばもう言い淀む必要なんてなかった。


「俺の願いは────この、壊れてしまったガラスペンの再生です」


「そう、結局貴方も奇跡に目が眩んだ愚者ども同じ…………え? ガラスペンの再生?」


「はい」


 何やら勝手に盛り上がって失望した雰囲気を醸し出した魔女は、しっかりと俺の言葉を噛み砕いてから素っ頓狂な声を上げる。


「え? 今のこの感じで? 道具を元通りにしてほしいの?」


「なんかすみません……。ちなみに、これが直してほしいペンです」


 その隙をつくようにして、俺は懐に大事に隠していたガラスペンをカウンターの上に置く。


「あ、うん……そうね、これぐらいなら素材もすぐに集められるし、すぐに直ると思うわよ──」


「それはよかった……」


 ぽかんとした表情のままペンの具合を吟味したダリアの言葉に、俺は酷く安堵した。


 これで、何とか最悪の未来は防げそうである。姉殺しの罪を背負わされずに済みそうだ。そんな俺の内心を他所に、ガラスペンを呆然と見つめていた魔女が唐突に叫ぶ。


「なんか思ってたのと違う!?」


 その嘆きは若々しい容姿に似つかわしい、可愛らしい声であった。


 そう、実はこの魔女、メチャクチャ厨二病を拗らせた素はポンコツな残念キャラなのだ。

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