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第10話 モブ執事は地獄を見る

 前世の記憶を取り戻してから五日目。


 アリサお嬢様が俺に与えたガラスペンの修復期限である本日、俺はダリアの錬金工房で朝を迎えようとしていた。……てか、もう朝だ。


 昨日の夜から美女と二人きりで密室でくんずほぐれつ。もちろん、何も起きないはずもなく──


「精錬、精査、研磨、調合、合成。精錬、精査、研磨、調合、合成。精錬、精査、研磨、調合、合成──」


 まぁ、そんなアダルティなイベントなんて起きるはずもなく。机に向かって延々と錬金作業だよね。


 もう夜から今までずっと同じことのやりすぎで軽くゲシュタルト崩壊。呪文のように、俺は同じ言葉を延々と繰り返す呟きBotと化していた。


 工房の奥。ダリアが普段、錬金や魔術の研究をしている作業部屋の隅に宛がわれた机が俺に与えられた作業スペース。そのこじんまりとした机の上に所狭しと並べられた道具を駆使して、俺は昨日の夕方頃からぶっ続けでダリアの仕事の手伝いをしていた。


 理由は勿論、ガラスペンの再生をしてもらう対価であり、あのイカれた錬金術師が言うところの「簡単なお手伝い」とやらだ。


「完全に、騙された……!!」


 三日前に彼女が提示した条件を安請け合いした愚かな自分をぶん殴りたい。……だが、後悔したところでもう遅い。目先の欲に目が眩み、俺は地獄を見たのである。あーあ、バッカでやんの。


「終わったか~い?」


 大きなあくびをして、部屋に入ってきた工房の主には目もくれず、俺は作業に没頭する。


 終わるも何も、時間的にはギリギリ。あともう少しでこのイカレ錬金術師が提示したノルマを達成できそうなところである。本当に絶妙、錬金術なんてしたことのない(便宜上)な人間に与えるにはちょっと……いや、かなり鬼畜過ぎる作業量をこの魔女は押し付けてきやがった。


 前世の知識と日々の屋敷での激務の経験値のお陰で、何とかこなすことはできたが、肉体的にも精神的にも限界だった。マジでどうかしてるよこの魔女。


 ──最後の最後でとちってやり直しなんて勘弁だ……。


 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、彼女は感心したように机を覗き込んでくる。近い、邪魔、見えない、いい匂いする、おっぱいデカ……。


「おぉ……たった二日とちょっとでここまで手際よく錬成できるようになるなんて──センスあるわよセスナ」


「そりゃどーも……」


 嫌味なく素直に称賛してくるダリアの言葉に俺は生返事を返す。


 何が「暇なときにちょっと手伝ってくれるだけでいい」だ。初っ端から人をこき使いやがって……これじゃあ話がちが──くはないが、普通に過労で死ねる。オイ! 労基に訴えるぞ!!


 ガラスペンの修復依頼を頼んでから、すぐにダリアに頼まれたのは錬金術に必要な、媒介素材の買い出しだった。


 それ自体は恙なく、指定された魔法店までのお使いだったので問題なくこなせたのだが……そこからが問題であった。何せ、彼女は俺を逃すまいと続けざまにまた新しい手伝いを頼んできたのだ。


 ──この年増ババア……。


 まあそもそも無理を言って、本来ならば受ける義理もない仕事を引き受けてくれているのだから俺に文句を言う筋もないのだが……それにしたって、何度思い返してみてもこれは理不尽だった。


 ──たった二日ちょっとで錬成薬300個の生成とかふざけてる。


 ふざけてるよな? これのどこが簡単なお手伝いだと言うのか? 錬金術師でもないずぶの素人にやらせるには無理難題過ぎる。


 ──前世の知識があるから何とかなったとは言え……これで俺が微塵もできなかったらあの魔女はどうする気だったんだ?


『ヘルデイズ』で登場するシステム「錬金」とは、ゲーム内で手に入る様々な素材を錬金合成して特殊な効果が付与されたアイテムや武具を作り出すというものだ。


 今回、俺が作らされていた錬成薬はいわゆる回復薬のちょっとしたアップグレード版であり、ショップで買うより効能が高いものとなっている。一応、初歩の初歩、錬金のスキルを習得して一番最初に錬成できるアイテムではあるが、それにしてはこの錬金と言うシステムは手間がかかり……はっきりと言えばこの薬を一個作るのもメチャクチャ面倒くさいものだった。


 スキルが習熟した終盤ならば話は別なのだろうが、まだスキルを覚えたての最初の方なんて、無駄な錬成工程が多すぎてゲームですら効率が悪すぎる。そのくせ、ゲームの完全攻略を目指すならば、この錬金は特殊トロフィーの獲得のために切っても切り離せないし、ゲーム内の最強武具を作るのにも必要不可欠なのでやり込み勢は大体この苦行を強いられる。かくいう前世の俺もその手合いだった。


 ──現実(リアル)だと更に集中力が必要だし、惰性で作業できないし、マジで虚無の時間が長すぎる……。


 当然と言えば当然だが、現実の方がゲームより作業が大変なので地獄度が増す。


 鉱石を研いで、見覚えのある薬草類を茎や葉に分けてからすり鉢で潰してみたり千切りにしてみたり、魔獣の血や爪、毛なんかを綺麗に浄化して、それらすべてを鍋にぶっこんでことこと煮詰める。これがまたとんでもない悪臭を放って酷いんだ。途中から匂いにやられて嗅覚がお亡くなりになられたのは、もう遠い昔のことに思える。


「いやいや、ほんとに驚いた……。まさか本当に300個作り切るとは──このまま使用人なんてやめて、私の弟子にならない?」


「……仕える主と大切な家族がいますので遠慮しておきます」


 ──いや、本当に勘弁してくれ。


 とんでもない提案を懲りずにしてくる魔女に内心、辟易としながらも断る。件のダリアは残念そうに表情をしょんぼりとさせるが、そんな顔をしたって絶対に弟子になんてなってやらない……いやまぁ偶に手伝うくらいなら──おっと、いかんいかん。


「えー、セスナは才能があるから私と同じくらい凄い錬金術師になれると思うんだけどなぁ」


 それでも何故か食い下がろうとするダリア。


 そもそも俺はその凄い錬金術師とやらに全く興味がないので、本当に勘弁だ。このまま彼女の好き放題にさせるのはいかんと、俺はわざとらしく話をそらす。


「……それで、頼んでたペンの再生は無事に終わったんですか?」


「もちろん。セスナが私の仕事を代わりにやってくれたおかげで集中もできたし、元通りだよ」


 ダリアは思い出したように胸元からガラスペンを取り出すと俺に手渡す。


 ──どこにしまっとんねん。


 まだ彼女のぬくもりがほんのりと残っているペンを受け取りながら、反射的にツッコミそうになるがグッとこらえる。そんな俺の葛藤を知りもせずに、ダリアは呑気に言葉を続けた。


「手伝いを頑張ってくれたサービスで、防御術式の方も新しく付与しておいたから耐久性もばっちりだよ」


「ありがとうございます」


「弟子のお願いだ。いいってことさ」


「……いや、弟子ではないです」


「えーーーー!? いいじゃん弟子で! セスナは才能があるんだしさぁ! 一緒に魔術の深淵を覗き込もうよぉ!!」


 ──なんだその物騒な誘い文句は……。


 なんてやり取りをしながら、このままではずっと彼女にダルがらみされると確信した俺はそそくさと帰る準備をする。


「もう帰るの? 疲れてるでしょ、寝てけば?」


「いや、これから屋敷の方で仕事なので……あと、しれっと引き留めるのやめてください。かまってちゃんですか……」


「いいじゃーん!!」


 マジでこの魔女は……ゲームでは親密度稼ぐのすら激ムズなのに、どうしてたったの二日でこんなに気に入られてしまってるんだ。


 ──最初の威厳はマジでどこにやった? ゴミ箱にないないしちゃったの?


 目当てのものは受け取ったし、頼まれてたノルマも達成した。ならば、早く屋敷に戻って主にこのペンを納めなければなるまい。


 ──それに、ずっとこんなところにいたら本気で弟子にさせられそうだしな。


 それだけは何としても逃れなければならない。


 使用人たるもの、どんな環境であろうと後片付けはお手のもの。俺は立ち上がり、未だぶつくさと駄々を捏ねている魔女の方を見た。


「それじゃあ、また今度……来週あたりにまた来ます」


「来週と言わず、明日でもいいんだぜ?」


「仕事があるって言ってるでしょ……あと、暇な時でいいって言ったよなアンタ」


「いやだなぁ! 私とセスナの仲じゃない……かッ!」


 俺のツッコミにわざとらしくおどけたダリアを見て呆れる。


 もうこれ以上は藪蛇だと思い、今度こそ本当に俺は部屋を後にする。


「絶対に、また来てね……」


 別れ際の工房の主のその言葉と、どこか縋るような視線に後ろ髪を引かれなかったといえば噓になる。

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