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第1話 モブ執事は思い出す

「何もかもこの世界が悪いのよ!!」


 禍々しくも神々しい白銀の長髪と魔力を滾らせ、災厄の魔女は絶叫する。


 それに対するは悲し気で、しかし決意に満ちた瞳を輝かせる真紅の少女だ。


「結局、あなたのことは微塵も理解できなかった……けれど、流石にこれは見過ごせない! 世界を護るためにあなたを倒すわ──アリサ・アロガンシアッ!!」


 真っ赤な長髪と同様の真紅の魔力を迸らせ、その世界の主人公は煌めく聖剣を天高く振り上げた。


 けれど、そんなこと歯牙にもかけず災厄の魔女は泣き喚き、まるで聞き分けのない幼子のようにこの世界の残酷さを嘆くばかりだ。


「全部……誰も私を愛してくれない、こんな世界なんていらない……。もう悲しいのはイヤ。 寂しいのはイヤ。 もう独りぼっちなのは──イヤよ────」


「だからってこんなこと──許されていいはずがないッ!!」


 駄々を捏ねる災厄の魔女の言葉は、真紅の少女が掲げた聖剣の一振りによってあっけなく搔き消された。


「っぅぐぁ──どうして、わたしばっ……かり────」


 煌めく聖剣によって胸を切り裂かれた災厄の魔女はやはり哀しげに、最後まで世界に絶望した瞳で、力なくその場に斃れた。


 それを見届け、真紅の少女は勝利を確信して聖剣を再び天高く掲げる。


「勝った……勝ったわ──!!」


「やったな!□□□!!」


「君なら絶対に勝てると信じていたよ!!」


「ああ、流石は俺様が見込んだ女だ!!」


「け、怪我を早く治さなくちゃ!跡が残っちゃうよ!?」


 次いで、少女の元には四人の個性豊かな美男子たちが群がり、少女の勝利を称え、身を案じる。ここまで一緒に戦ってきた大切な仲間であり、恋人でもある彼らの姿を見て少女は嬉しそうに破顔した。


 それが一つの物語の結末。


 迷いなく、世界の平和の為に戦った一人の少女は悪を打ち滅ぼし、後は互いの思いを確かめ合った愛する者と添い遂げて、間違いなくその話は幸せな結末を迎えるはずだった。


 ・

 ・

 ・


「……いや、本当に?」


 鈍く唸りを上げるような頭の痛みによって意識が覚醒する。


 その日、俺こと──セスナ・ハウンドロッドは前世の記憶を思い出した。


「……はぁ?」


 きっかけは些細な……本当にたまたま、主であるお嬢様の無茶ぶりを遂行している途中で頭を強く打ち、気を失ったときに見た夢であった。


 ……いや、それは夢と言うには聊か毛色が違くて、まるでこれから先に起きる未来の出来事を見ているような感覚に近かった。実際、自分とは全く関係のない二人の少女が戦っている夢を見るなんて、普通は自身の頭がおかしくなったのではと心配にもなるが、俺はそうではないと確信していた。


「マジかよ……」


 何せ、夢に見た光景は正に前世の時に自分が無理やりプレイさせられていた乙女ゲーム『ヘルデイズ~災厄の魔女の再臨~』の最終局面であり、今世で生を受けたこの世界のこの先の未来なのだから。


 なぜそう確信できるのか?


 その理由は俺がそのゲームのラスボス、悪魔に精神支配されて災厄の魔女として、闇落ちする予定の悪役令嬢のお家に、古くから仕える使用人一族の子供であるからだ。そして自分が意識を失った元凶が正に、夢の中で斬り殺されていた白銀の少女であるのだ。


「なんてこったい……」


 ぶくぶくと湧き出る油田のように思い出される前世の記憶を元に、現在の自分の置かれた状況を再認識して思わず乾いた笑みがこぼれる。


 まさか、自分がゲームの主人公に殺されるラスボス、破滅の未来しか待ち受けていない悪役令嬢に仕える、ゲームでは名前や専用立ち絵も用意されていないモブ執事に生まれ変わっていたとは思いもしなかった。……いや、前世の記憶を思い出してしまえば、以前から俺が仕える主はちょっと──いや、かなり我儘で無理難題を吹っかけてくる困った主ではあった。


 再三言わせてもらうが、今自分がこうして頭に包帯を巻いてベッドで目が覚めているのはその主の所為なのだ。


「ドラゴンの肉が食いたいとか、まだ十五歳のガキに頼むような命令じゃないだろ……」


 ファンタジーのド定番、生物種の中で最強とされる龍の肉を食卓に並べろなんて無理難題も甚だしい。


 土台無理な主人の要求は結局のところ、龍の肉なんて高級品はここら辺で──そもそも王族ですらおいそれと──手に入るわけもなく。俺の主様は自身の願いが叶わないことに駄々を捏ね憤慨し、理不尽にも願いを遂行できなかった罰として、使用人()に屋敷の中でも一番高い木の上から命綱なしのバンジージャンプをさせたわけだ。


 ──うん。改めて考えてみても俺の主様は頭がイカれている。


 その時に頭から落ちて、その衝撃によって前世の記憶を思い出したということだ。


「……てか、頭から落ちて良く生きてたな俺よ──」


 我ながら奇跡的なしぶとさに驚く。


 それにこうして前世の記憶を思い出せたのは幸運だったのかもしれない。何せ、時系列的に俺が夢で見たあの一幕が実現するのは少なくともあと五年ほどある。これなら前世──ゲーム──の知識を駆使して、どうにか自分の主に起こる破滅の結末に巻き込まれるのを回避できるかもしれない……いや、しなければならない。


 目指すべきは破滅する主人の巻き添えを回避し、ついでにあの邪智暴虐なご主人様から解放されてのんびり異世界ライフを満喫することだ。


「もう二度と、誰かに振り回される人生なんて御免だ……」


 嫌な昔の記憶が脳裏に過り、思わず口から出てしまったぼやきは草臥れた自室に木霊した。

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