第3話:攻略対象の王子が、ヒロインに近づけないのだけど
おかしい。
私はいま、乙女ゲームの断罪イベントを避けるために“ヒロインとは距離を置く”方針で行動している。
でも、ヒロイン――リリアのほうがずっと私に距離を詰めてくる。
その距離感は、もはや懐いているとか友達とか、そういう次元ではない。
完全に、張りついている。
毎朝の登校を正門で待ち伏せされ、昼食は必ず一緒、放課後も「ご一緒してもいいですか?」と笑顔で追ってくる。
逃げ道が、ない。
それでも、これは“個人的な問題”だと思っていた。
少し好かれているだけ。気にしすぎだと。
――だが、違った。
「……最近、リリア嬢の様子、どこか変だと思わないか?」
声をかけてきたのは、第二王子・レオン=アルバート。
攻略対象の一人で、原作では中盤からリリアと関係を深めていく、正統派の王子様タイプ。
優しげな微笑と柔らかな金髪。
完璧な王子であるはずの彼が、今、私にしか聞こえないよう小声で言った。
「俺、何度か彼女に話しかけているんだけど、なぜか全部避けられているんだ。まるで“誰かに近づくな”とでも言われているように」
「……それ、彼女から?」
「いや、言われたわけじゃない。けど、視線が冷たい。笑ってはいるんだが……うまく言えない。怖い、というか」
私は息を呑んだ。
レオンはゲーム本編で、ヒロインと最も自然な関係性を築く相手のはずだ。
その彼が、リリアに“怖さ”を感じている。近づけない。
(やっぱり……私の気のせいじゃなかった)
断罪フラグを折るどころか、乙女ゲームそのもののルートが、根本から歪んでいる。
そして、その歪みの中心にいるのは――。
「アリシア様」
ふわりと、声が響く。
私が振り向くと、そこには、やはり彼女がいた。
リリア・ハートフィリア。
いつもの微笑みを浮かべ、淡いラベンダー色のワンピースが風に揺れる。
「こんなところで、お話ししていたんですね? ……今日のお茶会の時間、そろそろかと思って、迎えに来ました」
「……リリア嬢、君には君の予定があるのでは?」
レオンが穏やかな声で言う。
だが、リリアは微笑んだまま、レオンには一切目を向けなかった。
「王子様、申し訳ありませんが……アリシア様とは、毎日のお約束があるんです」
「…………」
レオンが一瞬、口を閉じた。
笑顔のままのリリアから、拒絶の圧がにじみ出ている。
そんなはず、ない。
この世界は乙女ゲーム。彼女が選ぶのは、攻略対象のはず。
それなのに――なぜ、私を選んでいる?
「アリシア様、行きましょう」
リリアが手を差し出してくる。
拒むことなどできず、私は無言でその手を取った。
――レオンの視線が、悲しげに揺れたのが見えた。
まるで、“取り返せないものを見ている”ように。