第2話:ヒロインが妙に懐いてきたんだけど、そんなシナリオあったっけ?
乙女ゲーム《ロゼ・ド・リュミエール》は、全5ルート。
そのうち3ルートで、私は断罪イベントの末に社会的に抹殺される悪役令嬢として散っていく。
だからこそ、リリア――ヒロインとは距離を取る。それが私の生存戦略。
はず、だった。
「アリシア様っ、今日もすてきですね。廊下を歩く姿が絵画のようでした」
「……あ、ありがとう?」
また来た。
リリア・ハートフィリア。銀髪、青い瞳、やわらかな微笑み。
本来なら、ゲーム序盤では攻略対象の一人である第二王子・レオンとの出会いイベントが起きているはずの時間帯だ。
なのに、なぜかリリアは毎日、私のもとに来てはお茶会に誘ってくる。しかも、“一緒に”を通り越して“入り浸っている”レベルで。
今日も例外ではなく、私は彼女に腕を引かれて学園庭園の離れにあるプライベートサロンに連れてこられていた。
「今日はアリシア様のお好きなダージリンを用意しました。あと、お菓子も焼いてきたんです」
「……あなたが?」
「はい。アリシア様のために練習しました」
そう言って微笑む彼女は、確かにゲーム本編通りの天使のような少女だった。
でも、何かが違う。ほんの少しだけ、瞳の奥が“深すぎる”気がする。
この違和感は、昨日の“あれ”から来ているのかもしれない。
昨日、私は偶然、他の女子生徒と談笑していた。ほんの5分ほどの立ち話。
それだけなのに、リリアが来てこう言ったのだ。
「アリシア様、その方と仲がよろしいのですね。……もしかして、私のこと、飽きてしまわれたのかと、少し不安でした」
――笑顔で。
表情は完璧だった。声色も優しい。だが、空気が一瞬、凍りついた気がした。
(え? え? ちょっと待って?)
まさかね?
ヤンデレなんて……いや、まさか。
この子はただ、ちょっと懐いてるだけ。よくあること、うん。
そんなふうに自分に言い聞かせながら、私はお茶を口にした。
「……うん、美味しい。焼き菓子も上手ね。あなた、本当に努力家なのね」
「アリシア様が褒めてくださるなら、私、いくらでも努力します」
リリアは微笑みながら、テーブルの端にある空のカップをふと見つめた。
そして、何気ない口調で、さらりと呟いた。
「……今日も誰とも話してませんでしたね。安心しました」
「…………え?」
聞き返そうとした瞬間、リリアはふわっと笑って、スカートの裾を揺らしながら席を立つ。
「明日も、お時間いただけますか?」
「……あ、うん」
私はうなずくしかなかった。目をそらすのが精一杯だった。
(ちょっと待って、ねえ。これ、私……ターゲットにされてない?)
まだ確信は持てない。でも、乙女ゲームの“シナリオ”が何か変わっているのは間違いない。
しかもその原因が、ヒロイン本人だとしたら――。
私は急に、背筋が冷たくなった。