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第9話

 大阪府警特捜本部の大会議室には三十名ほどの警察職員が詰めていた。

 増山亮介と飯塚洋二が壇上に進み出る。

 飯塚がプロジェクタの隣の席に座り、ノートPCを操作する。

 大画面にはノートPCのパワーポイントの映像が映し出される。

「おはようございます。私は警視庁練馬警察署、刑事部捜査一課の増山と申します。

 まだ未可決の心斎橋筋殺人事件ですが、今回、追加情報がございますのでそれを発表いたします」

 パワーポイントには富山聡の顔写真がアップされる。

「こちらは東京都練馬区在住の銀行員、富島聡、三十歳です。

 ご存じのとおり、殺人現場から採取された指紋から、容疑者の一人として捜査した人物です。彼には完璧なアリバイがありました。つまり事件当日、練馬の自宅マンションにいたのです。

 ところがここにきて、あらたな疑惑が生じました」

 パワーポイントは富島の隣に今井俊美の顔がアップされる。

「先日、神戸在住の会社役員、今井俊美が警察に被害届を出しました。

 彼女は今月10日の夜、自宅のマンションで富島にレイプされたという訴えです」

 会場からざわめきが聞こえる。

 増山は心持ち緊張する。

 人前で話すことは昔から苦手だった。大阪府警の連中は、おれのプレゼンに納得してくれるだろうか。それともツッコミ攻めにあわすんじゃないだろうなあ。


 増山はプレゼンを続ける。

 俊美は10日の午前中、都内の結婚相談所で富島と面会した。その後、都内でショッピングを楽しんだ後、羽田から飛行機で神戸空港へ向かい、そこからタクシーで自宅マンションに帰宅。

 このとき午後八時ごろだった。

 ところがマンションの寝室に全裸の富島が現れ、力づくで俊美をレイプし、突然、姿を消した。

 後日、俊美の訴えを受けて富島を練馬署に再び連行して事情聴取したところ、アリバイを主張した。

 10日の午後7時から9時ぐらいの時間はバー『ゴールデンドーン』にいたというのだ。

 バーのバーテンが富島のアリバイを証言した。

 富島はバーの常連客でバーデンも顔なじみだった。あの日、店内で富島は二人の客と殴り合いのけんかをしたので覚えているとのことだった。


「ところで」

 本部長の山木警視が口を切った。

「富島は事件に関係ないのかね。それとも彼はアリバイ工作が得意なのだろうか。増山君の見解を聞きたい」

「それなんですが」

 増山はしどろもどろになる。

「実はエナジードリンクの『ドッペルゲンガー』が関係していると思われます」

 周囲から野次のような小言が聞こえる。

「ご存じのとおり、『ドッペルゲンガー』を飲むと飲んだ人の分身が現れるという都市伝説があります。

 富島は『ドッペルゲンガー』の愛飲者です。ほとんど毎日、10缶近く飲んでいるそうです。

 あの日、富島本人は練馬のバーにいて、彼の分身が神戸の今井俊美のマンションに出現しました。

 そしてその分身が彼女に暴行したと思われます」

「ちょっといいですか」

 大阪府警の三島警部が手を上げる。

「心斎橋筋の殺人事件ですが、被害者の梅村義男を殺したのは富島聡でなく、富島の分身というご意見ですか。

 増山警部補の説明を聞いてるとそういう結論になりますが」

「おっしゃるとおりです。梅村殺しの犯人は富島の分身です」

 野次がさらに大きくなる。

 想定通りではあったが、ここからどう説得したらいいのか。収集がつかなくなりそうだ。

 増山はそう思い、吐息をもらす。


「失礼いたします」

 不意に甲高い声が響くと野次が沈静化する。

 白髪の男が大会議室の後方から前に進んでくる。

 増山は白髪の男を見て、どこかで見た顔だと思うが、だれだったかは思い出せない。

 白髪の男は壇上に上がり、増山からマイクを取り上げる。

「はじめまして。私は株式会社ドッペルゲンガー・ビバレッジの代表取締役をつとめさせていただいております、岩井修三と申します」

 増山は先日、埼玉のジュース工場に行ったことを思い出す。

「実は昨日」

 岩井は周囲を見回す。

「米国のドッペルゲンガー・コア社から連絡がありまして、これまで企業秘密だったある情報を公表していいとのことでした。

 みなさんは弊社商品『ドッペルゲンガー』にまつわる都市伝説はご存じかと思います。

 『ドッペルゲンガー』を飲むと飲んだ本人の分身が出現することがあるという話です。

 実はこれはすでにコア社の調査で事実であることが確認されております」

 再び周囲がざわつきはじめる。

 岩井はざわつきが落ち着くのを待ってから話を続ける。

「信じられないかもしれませんが、これは事実なのです。

 ここにいらっしゃる増山警部補ですが、優秀な刑事さんです。決して頭がおかしくなったわけではありません」

 しゃべり終える前に岩井の下半身はすでに透明になっていた。

 上半身が透明になり、完全に岩井が消滅するまで、会場は沈黙に包まれていた。

「どうなってるんだ」

 山木警視が席を立ち上がる。

 増山は岩井が埼玉の工場でも目の前から消滅したことを思い出す。

 彼自身がよくしゃべるレアな分身――ドッペルゲンガーだったのだ。


(つづく) 


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