第2話
日曜日だけに練馬署の事務室は人もまばらだった。
「指紋もあるのに」
飯塚洋二が言った。
「どうして富島を泳がせたんですか」
二人の刑事が事務室の窓を見ながら、並んで佇んでいる。
「だったら」
増山亮介が言った。
「やつのアリバイが崩せるのか」
「富島そっくりの男があの時間、マンションにいたんですよ。本人は大阪にいました」
「本人はその逆だと言ってきたらどうする。大阪にいた方がそっくりさんじゃないのか」
「しかし指紋はどうなるんです」
「半年前なら逮捕や起訴ができたかもしれないが、例の『ドッペルゲンガー』がからんでいるとなると話は別だ」
「『ドッペルゲンガー』ですか」
増山は説明した。
半年前にエナジードリンク『ドッペルゲンガー』が発売されると若者を中心にヒット商品となった。
少し癖のある風味の炭酸飲料だが何度も飲んでいるとやみつきになる中毒性のある味で、疲労回復や性力増強の効果があった。
ところがこれを毎日飲むヘビーユーザーには異変が起こるという奇妙なうわさが広がった。
ユーザーの分身が全く別の場所に出現し、しばらくすると煙のように消滅するというのだ。
分身はユーザー本人とそっくりの外見をしてるが性格は狂暴で、近づくと危険とのこと。
当初、このうわさはSNSなどネットで広まった。
政府はマスコミを通じ、これはただの都市伝説で真実ではないと説明したが、それにもかかわらす相次ぐ目撃情報や証拠がネットにアップされ、分身の都市伝説を信じる大衆が増えていった。
ついに厚生労働省傘下の第三セクターが『ドッペルゲンガー』のメーカー、株式会社ドッペルゲンガー・ビバレッジの工場に調査に入ったが、『ドッペルゲンガー』の成分に異常はなかった。
もともと商品名のドッペルゲンガーは西洋に伝わる自分そっくりの分身の意味だ。
「『ドッペルゲンガー』の都市伝説は知ってますけど」
飯塚が言った。
「警察と関係あるんでしょうか」
「実は警察上層部から『ドッペルゲンガー』ユーザーの容疑者は慎重に扱うよう指導が入ってるんだ」
増山が言った。
「北海道で銀行強盗事件が起きた。現場検証から見つかった指紋から、犯人は前科のある九州在住の元暴力団員だとわかった。ところが本人を捕まえてみると、事件当日、九州から出てないことがわかったんだ。そいつは証拠不十分で釈放。いまだ事件は迷宮入りだ」
「そうだったんですか。それでその男が『ドッペルゲンガー』を常飲してたとか」
増山は無言でうなずいた。
やれやれ、こんなやっかいな事件ははじめてだ。
飯塚は胸の中で毒づいた。
まさか自分がこんな超常現象の殺人事件を扱うことになるなんて、思ってもみなかった。
(つづく)