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第12話

 マスヤマは慎重100メートルの巨人だった。

 目の前の工場を鳥の目で俯瞰してみる。

 高さは自分の腰よりやや低い。

 全長は自分のほぼ身長ぐらいか。ただ横幅は自分の肩幅もない。

 屋根を持ち上げてみる。動かない。

 屋根を殴ると穴が開いた。

 穴を二つ作り、屋根を引き剝がす。

 粉塵が舞い、目が痛い。

 工場から蟻のように人間たちが避難していくのが見える。

 壁を蹴り飛ばす。

 緑色の原液タンクが見つかる。

 マスヤマは原液タンクの方へ進んでいく。

 行く手をはばむラインの装置をつかんでは捨て、目指す原液タンクに近づく。

 工場から小さな火災が複数個所から発生しているようだ。

 やがて原液タンクを片手で持ち上げると、指で穴を開ける。

 黒い液体が流れ落ちる。

 マスヤマは穴を口に近づけ、黒い液体をすべて飲み干す。

 巨体の全身にみなぎる清涼感。地球のあらゆる飲み物をブレンドした究極の味覚。

 空になった原液タンクを投げ捨て、マスヤマは雄たけびを上げる。

 地面を見ると、一人の人間が両手をふっている。

 よく見ると人間は増山亮介だ。

 マスヤマはこの人間が自分の本体で、自分は増山の分身であることを本能的に理解していた。

 マスヤマは屈んで増山に顔を近づける。

 増山は倒壊した瓦礫に片足をはさまれて動けないのだ。

 マスヤマは瓦礫を指でつまんで除去してやる。



 挿絵(By みてみん)





 増山はびっこを引きながら起き上がる。

 自分そっくりの巨人が目の前にいる。

 巨人の全身はほどなくして透明になり、やがて完全に消える。

「おまえはだれなんだ」

 増山が大声で叫ぶと、かすかにこだまが帰って来る。

 あいつはおれのドッペルゲンガーだ。

 あいつは原液タンクの溶液を飲んだ。

 ドッペルゲンガーが『ドッペルゲンガー』を飲んだらどうなるのだ。

 分身のそのまた分身が現れるというのか。

 増山は次第に意識が遠くなり、やがて気を失う。



 マスヤマ✕マスヤマは宇宙空間にいた。

 マスヤマ✕マスヤマは遠くから地球を眺める。

 その気になれば、自分は地球を両手で潰すこともできる。

 でもいまはやらない。

 100年のときが流れる。

 マスヤマ✕マスヤマの全身はゆっくりと透明になっていく。

 300年後、下半身が完全に透明になる。

 さらに300年後、上半身も透明になり、マスヤマ✕マスヤマは消滅する。

 消滅する直前、地球を潰そうという意識が、宇宙空間に浮遊する。





「もしかして、練馬署の刑事さんですか」

 飯塚洋二は不意に声をかけられる。

 気がつくと富島聡が笑っている。

 ショッピングセンターの食料品売り場は日曜日だけに混雑していた。

 ベビーカー付ショッピングカートを富島が引き、その隣には由香里が赤ん坊を載せた乳母車を引いている。

「こちらはうちの家内と息子です」

「いつも主人がお世話になっております」

 由香里が軽く会釈する。

「結婚されたんですか」

 飯塚が訊く。

「ええ、最近、籍を入れたんです」

 しばらく立話した後、富島家の三人は去って行った。

 飯塚はしばらく富島たちの後ろ姿を見送った。

 すると突然、乳母車から赤ん坊が消え、次の瞬間、富島のベビーカーに赤ん坊が現れた。

 飯塚は驚愕した。

 一体、これはなんなんだ。

 もしかして、あの赤ん坊はドッペルゲンガーと関係があるのだろうか。

 飯塚は食料品売り場で弁当を買った後、イートインに寄った。

 イートインは混んでいたが、丸テーブルの席に座れた。


 ドッペルゲンガー・ビバレッジ社本社工場の崩壊事故で増山警部補は足を骨折し、入院した。

 同社は『ドッペルゲンガー』を生産中止した。

 その後、同社の株は暴落し、外資系ハゲタカファンドが買収した。

 一方、大阪府警の特捜本部は心斎橋筋殺人事件が未解決のまま解散。

 事件は中途半端なまま放置される恰好になった。

 これを飯塚はどうしても納得できなかった。

 ただし今回の件で富島は結婚して家族を持った。

 彼だけめでたしめでたしといったところか。

 それにしろ、彼の分身は殺人も強姦も犯している。本人ではなく分身なので本人は無罪でいいのか。

 あるいはドッペルゲンガー・ビバレッジ社に業務上過失致死罪が問われるべきなのか。

 法整備が進んでいないこと以上に、分身という超常現象を科学が十分に解明していないのが問題だろう。

 飯塚の脳裏にはさまざまなことがよぎった。


 飯塚は弁当を食べ終えるとゴミ箱にプラゴミを捨てに席を立つ。

 ゴミを捨てるとゴミ箱の隣に自販機を見つける。

 『ドッペルゲンガー』があった。

 生産中止の製品なので、もう少ししたら飲めなくなるかもしれない。

 そう思い、飯塚は交通系ICカードで『ドッペツゲンガー』を買う。

 タブを開き、立ったまま缶ジュースを口にする。

 独特の味だった。くせのある味だがそれだけにはまる味かもしれない。

 飯塚はふと背後に気配を感じる。

 振り向くと.....いた。自分そっくりの男――ドッペルゲンガーだ。

 ドッペルゲンガーはすぐに透明になり、姿を消した。

 姿を消すとき、わずかにほほ笑んだような気がした。

 それは自分を見下しているようでもあり、自分を励ましているようでもある複雑な微笑だった。

 窓から照り付ける午後の日差しは飯塚には少しまぶしかった。


(了)


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