第11話
応接室ではもう一時間以上、待たされた。
増山亮介は株式会社ドッペルゲンガー・ビバレッジの本社工場に来ていた。
この前は飯塚刑事と二人で訪問したが今日は増山一人だった。
「社長は忙しくて手が離せないと言ってます」
一人の男が応接室に入っきて名刺を渡す。
製品開発部の杉山課長だった。
「私で回答できるお話でしたら、私の方で承りますが」
「いえ」
増山が言う。
「重要な案件ですので、社長に直接話をさせてください」
「重要な案件と言いますと?」
「ラインの原液タンクですが、中身を全部捨てて空にしてほしいんです。それもいますぐに」
「ご冗談でしょう。そんなことをしたら、うちは商売上がったりです」
「冗談でこんなこと言いませんよ」
すると女子社員が「失礼します」と言って応接室に入ってくる。
「こちら、いま当工場ラインで出来立ての製品になります。よろしければご賞味ください」
女子社員はそう言って、増山の前に缶ジュースを置く。
『ドッペルゲンガー』だ。
増山はタブを開け、一気の飲み干す。
女子社員は一礼して応接室を去る。
増山と杉山課長は原液タンクの処置について延々と議論を戦わせる。
すると突然、大きな地響きがする。
「地震ですか」
杉山課長が立ち上がる。
増山も立ち上がり、窓のそばに行く。
窓の外には、信じられないことに......百メートルほどの巨人がこちらに向かって歩いてくる。
少しずつ怒りがこみ上げてくる。
よりによって、あたしにこんなジジイを紹介するなんて。あたしはプレミアム会員よ。
今井俊美は膝が震えてきた。
『トート』の応接室はいつもより豪華な部屋だった。ソファーには俊美と白髪の男が向かい合って座っている。
「どうされましたかな」
白髪の男が言う。
「私のプロフィールはお読みになったでしょう」
「ええ、読みましたわ」
俊美が言った。
「岩井修三、職業は会社経営。年収は三億円。ただし年齢と顔写真はプロフィールに載せてませんね」
「ええ。年齢は六十歳です。私の顔は見てのとおりです」
「年齢と顔写真を載せないのはルール違反ですわ」
「というよりあなたが年収だけで男を選んだんじゃないですか」
「なんですって」
「どうです。私と結婚しませんか。私の方ではあなたがお嫁さんになるのを歓迎しますが」
「冗談じゃないわ」
すると突然、ソファーのテーブルに赤ん坊が現れた。
俊美は慌てて赤ん坊を抱きかかえる。
「マキちゃん、だめでしょう」
俊美は赤ん坊をあやす。
「今日、ママは東京で用事があるの。いい子だから、神戸のおうちに帰りなさい」
しばらくすると赤ん坊の体は徐々に透明になって消える。
「ほお、あなたには隠し子がいたんですね。シングルマザーですか」
岩井は勝ち誇ったように言う。
「でしたらあなたもルール違反ですよ、プロフィールにシングルマザーと記載しないと。
しかもあの赤ちゃん普通じゃない。突然、現れたり消えたりするとことを見ると、人間とドッペルゲンガーの混血ですね。
ドッペルゲンガーには通常、理性はありませんから、さしずめあなたはトッペルゲンガーにレイプされて妊娠したんですね。
こう見えて、私は仕事柄、ドッペルゲンガーの生態にはだれよりも詳しいんですよ」
「……」
「私がプロフィールに年齢と顔写真を載せなかったのは、載せたら女から拒絶されるからです。
あなたも同じでしょう。シングルマザーってプロフィールに書いたらハイスペックの男から拒絶されるかもしれない。だから嘘をついたんです。
どうです。プロフィール詐称どうしのよしみで、私たち結婚しちゃいましょうよ」
いきなり村井が立ち上がって俊美の手を握る。
俊美は岩井の手を振り払う。
すると岩井の手が半透明になる。
岩井の全身は徐々に透明になっていき、やがて消える。
俊美は吐息をつく。
この男も人間じゃなく、ドッペルゲンガーだったの。気が動転しそうだわ。
(つづく)




