表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第1話 

 その男は心持ち緊張していた。

 銀縁の眼鏡が小刻みに震えている。

「すでにお聞きと思いますが」

 練馬警察署刑事課捜査一課の増山亮介警部補が言った。

「あなたには黙秘権があります。また弁護士をつける権利もあります。

 ただし虚偽の発言は偽証罪に問われることがありますのでご注意ください」

 男は軽く頷く。

「本名、富島聡。年齢30歳。独身。職業は豊玉信用金庫に勤める銀行員。まちがいないですか」

「はい」

「お住まいのマンションの住所と携帯電話の番号はこちらでたいじょうぶですか」

 増山は富島に紙を見せる。

 やせぎすで神経質そうなのは銀行員という職業柄だろうか。増山は富島を見てそう思った。

 増山と富島は薄暗い第二取調室でテーブルを挟んで向かい合い、折り畳み椅子に座っている。

 増山の隣には飯塚洋二刑事が座っていて、パネルPCのタッチパネルの操作に余念がない。

 三十代前半の増山はやや小柄で筋肉質なのに対し、飯塚は二十代半ばで大柄な体型だった。

「住所も電話番号もまちがいありません」

 富島が言った。

「ではこれを見て下さい」

 飯塚がパネルPCのディスプレイを富島に見せる。


 夜の都会の大通りで富島らしき人物が通行人に暴行している。

 富島はジャックナイフを中年の男の胸に突き刺す。

 中年の男は倒れてうずくまり、富島はジャックナイフを投げ捨てて逃走する。


「もう一つ、別の動画も見てください」

 飯塚が言った。

「これは現場にたまたま居合わせた通行人のだれかがスマホで撮影してネットに上げた動画のようです」


 さっきとは別の角度から犯行の模様を撮影した動画だった。

 犯人の顔がアップになる。富島そっくりだった。


「嘘だ、これ、私じゃありません」

 富島が立ち上がる。

「落ち着いてください」

 増山が富島をなだめて席につかせる。

「ネット動画の前にお見せした映像ですが、これは二日前の金曜日、大阪心斎橋筋の監視カメラの映像です。時刻は午後八時です」

「だったら私じゃない。私はその時間、東京の自宅のマンションにいました」

「それを証明する人はいますか」

「いません......一人暮らしなので......」

 増山は富島の目の動きを観察する。人が嘘をつくときは目の動きでわかる。

 刑事になったときに先輩から教わったことだ。

 こいつはシロかもしれない。増山はそう直感した。この男には殺人なんかできる度胸はない。


 二日前の夜、大阪心斎橋筋で通り魔殺人事件が起きた。

 道に落ちていた凶器と想定されるジャックナイフから指紋を検出し、警察のデータベースと照合したところ、東京都練馬区在住の富島の指紋と合致した。

 富島は半年前、環状七号線を車で運転していたところ検問の白バイに引っかかった。一時停止の標識を無視したので違反減点と罰金が科せられたが、このとき白バイの警官が富島の指紋を採取していた。

 そこで日曜日の今日、富島を任意同行で署まで連行したのだった。


「富島さん、実はあなたのことはすでにこちらでいろいろ調べさせていただきました」

 増山はそう言うと飯塚に目配せする。

 飯塚はパネルPCの別の動画を富島に見せる。


 マンションに隣接したコンビニから富島らしき男がレジ袋を持って店を出る。

 そこで映像が切り換わり、マンションのエントランスがうつる。富島はエントランスの自動販売機から飲み物を買い、エレベーターに乗る。


「これは事件があった日の午後7時半頃の映像です」

 増山が言う。

「マンションの管理人にお願いして監視カメラのデータをコピーさせていただきました」

「ええ、覚えてます」

 富島が言う。

「あの日、勤め先から帰るとコンビニに寄りました。おにぎりを二つ買いました。その後、マンションのエントランスに入ると自動販売機でエナジードリンクを買い、エレベーターに乗りました」

「その後はどうされましたか。できるだけ詳しくお話ください」

「私の部屋は12階なんですけど、部屋に入ると喉が渇いていたのでエナジードリンクを一気に飲みました。すると眠気が襲ってきて、スーツ姿のままベッドに横たわり、そのままうたた寝しました。

 気がつくと九時前ぐらいだったでしょうか。急いでシャワーを浴び、おにぎりを食べました。

 その後は確かテレビをつけて時間を潰しました。就寝したのは十一時前ぐらいだったと思います」

「そうでしたか。ちなみにあなたがお飲みになったエナジードリンクですが、もしかしたら『ドッペルゲンガー』ですか?」

「ええそうです。『ドッペルゲンガー』です。ご存じでしたか」

「まあ、エナジードリンクで今一番売れてるのが『ドッペルゲンガー』ですから、ちょっと聞いてみただけです。

 さっきの映像ではわかりませんでした。富島さんが自販機でなにか缶ジュースを買ったのはわかりましたが、缶ジュースの銘柄まではあの映像だけではわかりにくいですね」

「ところで」

 飯塚が話をさえぎる。

「あなたは金曜日の午後七時半ごろに東京の練馬のマンション付近にいた。そしてあなたが殺人事件の犯人だとすると、それから三十分以内に大阪の心斎橋筋に移動しなくてはならない。

 東京から大阪まで新幹線では二時間以上、飛行機でも一時間以上かかります。

 あなたはどうやって移動したんですか」

「ちょっと待ってください。大阪にいた人物は私じゃないですよ。私を犯人だと決めつけないでください。顔が似てる人っていっぱいいるじゃないですか。そもそもマンションの監視カメラの映像が私のアリバイになるでしょう」

 飯塚が富島になにか言おうとするのを増山は手で制すると、

「本日の事情聴取は以上になります。今日はご協力ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ