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第8話 歓喜の叫び

 ごくり、と喉が鳴った。

 私の視線は、手の中の干し肉に釘付けになっている。

 この質感、香り、肉の大きさ……そして何より、予感がするのだ。

 黄金色の眩い光を放ち、前世日本の神食品が出てくるであろう、予感が。

 

 これは、いける。絶対にいけ……いやでも、兄さんに出発前、言われたんだよなぁ……『道中ではむやみに聖女と言い触らさないほうが良いよ』って。


 この世界には魔石や魔術はあっても、『万物を食べ物に変えるスキル』なんてものは当然ないし、人前で使ったら絶対に不審がられる。この世界基準で見ても、あまりに非現実的だからだ。


 そして今はちょうど、力の聖女様が現れてから二千年後ぐらい。

 前世日本の神食品を出したら、私が食の聖女だって、バレて……しまう、かも?


「……………………いや、ないわ」


 絶対バレないわ。食の聖女って、なに?

 そういえば私、むしろ信じてもらうほうが難しい感じの聖女だったわ。


 手品って説明しようかな。

 もしそれが通用しなくても、『不思議な力が使えるんですよね~』でもいいし。

 悪い人たちだったらともかく、『黄金の風』の人たちは三人とも良い人だから、もし仮に聖女だとわかっても変なことにはならないだろうし。


 それに兄さんの忠告は『むやみに聖女と言い触らさない』だから、大丈夫。

 背に腹は代えられない状況だし、『むやみに』じゃないからね。


 ……よし!


 意を決して、私はそっと干し肉に手を添えた。

 そして――スキル発動!


 淡い黄金色の光が走る。

 手の中にあった干し肉が光の粒子となって霧散し、新たな姿を形作っていく。


「……きたっ!」


 出てきたのは――

 『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』だった。

 前世で幾度となくお世話になった、厚切で噛みごたえがあるのに、簡単にほぐれてストレスなく食べられるビーフジャーキー。肉の旨味がたまらない逸品。しかもお徳用BIGパック!


 私は再びごくりと喉を鳴らしながら、震える手でパッケージを開けた。


「あ、あれ? 今、リシアちゃんが持ってた干し肉が光って……」


「消えたと思ったら、なんか変な……袋? に変わった、のか……?」


 ファルデン姉弟の驚きの声が耳に入ってくるけど、今は説明している余裕がない。

 まずは食べる。食べなくてはいけない。

 心を込めて、いただきます!


 厚切りのビーフジャーキーを一枚。

 口に入れた瞬間、私の全神経が歓喜の叫びを上げた。


「っっっんんんん~~~~っ!! これです、これなんです……! この歯ごたえ! この凝縮された旨味! 肉々しい香りに、塩加減の絶妙さ……ッ! 厚切りなのに、ちゃんと噛み切れる! 顎と脳に喜びの衝撃が走る!!」


「リ、リシアちゃん!?」


「急にどうしたんすか!?」


 おっと、いけない……完全に人目を忘れていた。

 私は『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』を掲げながら、イレーナさんとエイリオくんに差し出した。この感動を二人にも味わってもらいたい。

 二人とも、やや警戒しながらも中から一枚ずつ、ビーフジャーキーを受け取る。


「うおっ……なんだこれ!? 干し肉なのに柔らかいぞ!? ってかうまっ!」


「ちょっと待って……なにこれ? え、なに? この干し肉、全然しょっぱくない。いや、しょっぱいんだけど、違う……ただ塩辛いんじゃなくて、美味しい。旨味……っていうの? しかも噛みごたえがあるのに、柔らかくて……胸焼けするような脂も全然なくて、いくらでも食べられそう。普段食べてる硬くてしょっぱくて脂ギトギトの、いつまで経っても嚙み切れないマズい干し肉と全然違う……え? これ干し肉だよね?」


 二人がビーフジャーキーを堪能していると、どこからか低く落ち着いた声が響いた。


「何を騒いでいるんだ」


 ぎしり、と馬車の荷台が軋む音と共に、誰かが乗り込んでくる。

 現れたのは、黒髪短髪の大男――ガレン・ノアグリム。

 イレーナさんとエイリオくんの魔物退治の師匠であり、『黄金の風』三人目のパーティーメンバー。槍斧を使う熟練の冒険者だ。


 確か三十そこそこで、そこまで歳が離れているというわけではないはずなんだけど、頭の一部に入ったメッシュのような白髪のせいか、実年齢よりずっと大人びて見える。


「ガ、ガレンさん! これ、すっごい肉なんすよ! やばいんすよ! なんかうまいし柔らかいし、ちょっと食ってみてくださいよ!」


 興奮気味に語るエイリオくんに、ガレンさんが「ふむ」と唸って近寄ってくる。

 私は急いでビーフジャーキーを一枚取り出し、ガレンさんに差し出そうとした。


 その時だった。


 がさがさがさ、と草木をかき分けるような音が、森の奥から聞こえてきた。

 直後、周囲の空気が張り詰める。


「……来たか」


 ガレンさんがそう言いながら、周囲の森を見回す。


 草を踏み分ける足音がどんどん近づいてくる。

 馬車の外、右手側の茂みから、灰色の毛並みをしたオオカミ型の魔物が、ぬうっと姿を現した。

 その眼は、明らかにこちらを狙っている。


「グリードウルフだ! 馬車の速度を上げろ!」


 ガレンさんの鋭い声が、商隊全体に響き渡る。

 前方で手綱を握る御者たちが、馬に鞭を入れる音が立て続けに響く。馬車がガタガタと激しく揺れながら、一気に加速していく。


「イレーナ、左を頼む! エイリオ、右だ! 俺が正面を抑える!」


 ガレンさんが槍斧を構えながらテキパキと指示を出す。

 イレーナさんとエイリオくんも、慣れた様子で武器を手に取った。


「了解!」


「はい!」


 二人の返事と同時に、複数のグリードウルフが低い唸り声を上げながら、こちらに向かって駆け出してきた。

 その筋肉質な四肢が地面を蹴るたび、人よりも遥かに速い走力に見合わぬ、重い足音が響く。牙を剥き出しにした口からは、糸を引く唾液が垂れている。


 迫力がすごい。っていうか怖い。怖すぎる。私は無敵なはずなのに、身体が震えてくる。頭では脅威じゃないと分かっているはずなのに、本能的な恐怖が抑えられない。


 グリードウルフは私たちの馬車を狙って一直線に駆けてくる。こちらの加速に負けないスピードだ。そして大きく跳ねた、次の瞬間――


「おっと、そこまでだよっ!」


 ――目にも留まらぬ速さで放たれたイレーナさんの矢が、左側から飛び掛かってきたグリードウルフの額を正確に射抜く。


「はああああっ!!」


 続けて、右側から飛び掛かってきたグリードウルフの首を、エイリオくんの長剣が刎ねる。


「これで終わりだ!」


 そして最後、真正面から飛び掛かってきたグリードウルフを、ガレンさんの槍斧が正面から真っ二つにした。

 ズバァッ、と空気を裂く音とともに、真っ二つになったグリードウルフの身体が宙を舞う。


 あっという間だった。

 三人の連携は完璧で、まさに熟練の冒険者パーティーという感じ。

 確かCランクのパーティーだって言ってたけど、Cランクってこんなに強いんだ……全然知らなかった。


 まだ一匹残っているグリードウルフはいたものの、仲間がやられて敵わないと悟ったのか徐々に減速していき、最後は森の中へと入っていった。


「よし、撃退した! 速度を落としていいぞ! ただし、一匹森に入っていったから警戒は怠るな!」


 ガレンさんが前方に声をかけると、馬車がゆっくりと減速していく。

 まだ魔物が残っているなら全速力のままが良いのでは……と思ったけど、先は長いし、馬の体力も早く消耗しちゃうから、そういうわけにもいかないのだろう。


「あ、そうそう! ガレンさん!」


 エイリオくんが、戦闘の緊張感が和らいだのを見計らって声をかける。


「さっきの干し肉の話なんすけど、これ、マジでうまいんすよ! ちょっと食べてみてくださいよ!」


 そう言って、エイリオくんは私が持つ『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』を指差す。


「エイリオ」


 ガレンさんが、呆れたような表情でエイリオくんに視線を向けた。


「魔物を警戒しろと言ったばかりだろう。まだ一匹残っているんだぞ」


「大丈夫っすよ、グリードウルフ一匹ぐらい。それに仲間がやられたんだから襲ってなんかこないっすよ」


 エイリオくんが軽く手を振る。


「普通であればそうだがな。しかし警戒するに越したことはない。稀に合理で計れぬ動きをする魔物もいる」


「合理で計れぬ動きって、たとえばどんなっすか?」


 エイリオくんが首を傾げた直後。


 ガサッ――


 草むらが突然大きく揺れたかと思うと、エイリオくんの背後からグリードウルフが飛び出してきた。

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