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第7話 黄金の風

 兄さんと話し合い、旅立ちの許可をもらって今後の方針を決めた後。

 私は庭にあったラギと家のお米から、大量の『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』と『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』を召喚した。


 『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』は蓋を開けるだけだし、『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』は湯煎の加熱でも食べられるから、私がいなくても兄さん一人で食べられる。


 他にも現代日本の様々な神食品を出そうと、いろんな食材を素材にスキルを使ってみたものの、なぜか『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』と『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』以外は出せなかった。この世界にある食品は出せるんだけど。


 いろいろ試した結果、どうやら現代日本の食品に関しては、私が欲しいと思ったものが無条件で出してもらえるわけじゃないようだ。もしかしたら、女神様の準備がまだ整ってないのかもしれない。買ったって言ってたし。


 ちなみに、『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』や『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』の食べ終わった容器はどうしようかと思っていたら、いつの間にかどちらも消えていた。

 女神様によると、この世界に元々なかった食品の容器などに関しては、中身を食べ終わった時点でこの世界から消えてしまうとのこと。


 何それ、ゴミが出なくてメチャクチャ便利じゃん……と思ったけど、兄さんはすごく残念そうにしていた。どうやら瓶やプラスチックの空容器をリサイクルする気満々だったらしい。


 なるほど、確かにこの世界の瓶はすぐ割れるし、木のコルクを蓋に使っているから密閉も面倒だ。そういう意味では現代日本の瓶はオーバーテクノロジーだったのかも。軽いプラスチックの容器なんかも、この世界にはないし。


 そもそもこの世界では、三千年前の知恵の聖女様が残した『複雑な機械を作るのは争いの元になるからやめなさい』的な教えが聖書に記されているためか、技術の発展自体が制限されてきた歴史がある。


 その割に上水道、下水道はしっかりしていて、水回りは充実しているからお風呂も普通に入れるし、冷蔵庫やコンロなど便利な家具も沢山あるので、なんだか発展具合がチグハグだなぁと思っていたら、これらはすべてここ数百年ぐらいで一気に普及したものだという。


 そう考えると、頭の良い人たちは『女神は死んだ』本が大流行してもバチが当たらないのをしっかり確認してから、ここぞとばかりにいろいろ作り始めたのだろう。もしかしたら陰に隠れて、研究自体はしていたのかも。


 ただこの世界には魔石という便利なものがあるためか、電気で動く機械は発展していない。水回りや家具なども全部、魔石の魔力で動いている。

 魔石はこの世界における万能バッテリーみたいなもので、熱も冷気も水流も、魔力さえ込めれば大抵のエネルギーは生み出せるし、動かせる。だからこそ、電気という概念が普及しなかったのかもしれない。


 でもその代わり魔石の需要が半端ないので、前世のファンタジー世界定番ともいえる冒険者という職業が、割と本気で社会を支えていたりする。魔石は耐久年数があるため、ずっと同じものは使えないのだ。


 魔石は地中から発掘できることもあるが、基本的には魔物を倒して死骸から取り出すのが手っ取り早い。そのため冒険者たちは今日も命がけで魔物退治に励んでいる。


 冒険者。

 魔石の恩恵を受けて、日々ありがたいなぁと感謝こそしていたが、聖女になる前はまさか自分が直接関わることになるとは、思いもしなかった。


「リシアさん、どうしたんすか? お腹、痛いっすか?」


「おいこらバカ弟、直球すぎるぞバカ。アタシ相手じゃないんだから、もうちょっと気を遣えバカ」


「は? なんだよバカ姉貴。なんでそんな急にバカバカ言われなきゃいけないんだよ!」


「お前がバカだからだよバカ!!」


 十数台の馬車を連ねた商隊。その最後尾を走る、屋根がない馬車の荷台にて。

 黄色に近い金髪の姉弟が、私の目の前で激しく言い争っている。

 私はそれを見ながら、ここ最近の出来事をぼんやりと振り返っていた。


 兄に旅立ちの許可を得た翌日、私は村のみんなに自分が聖女になったことを告げた。

 最初は誰も信じてくれなかったけど、『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』と『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』を次々と出してみせたら、一転して大騒ぎになった。


 私はそれらの神食品をみんなにお裾分けして、別れを惜しまれながら第二の故郷であるリースト村を旅立った。

 なお、急いでいたこともあって、領主様には挨拶せず、お手紙だけ置いてきた。


 兄さん曰く、領主様には絶対会わないほうがいい、らしい。

 理由は教えてくれなかったけど、あの兄さんがそこまで言うのなら間違いない。


 私が『聖女になりました!』なんて無邪気に報告しに行ったら、きっとロクでもないことになっていたに違いない。そういえば昔、兄さんと一緒に領主様と会ったとき、なんか邪悪なオーラをまとっていたような気がするし。


「やー、ごめんねリシアちゃん。ウチの弟が無神経で。こいつ剣を振るしか能がなくてさ」


 長めの髪を頭の上で団子のようにまとめている姉が、弟を指差しながら言う。


「それを言ったら姉貴だって、矢を当てるしか能がないじゃん……」


 額に赤いバンダナを巻いた弟が、不満げに呟く。


 姉のほうはイレーナ・ファルデン。二十一歳の弓使い。

 弟のほうはエイリオ・ファルデン。十九歳の剣使い。

 二人はもう一人、今は商隊の中ほど辺りで魔物を警戒している槍斧使いの人と一緒に地元で『黄金の風』というパーティーを組み、活動している冒険者だ。


 今は私と同じく王都を目指しているらしい。

 なんでも、王都の近くに新しいダンジョンが見つかったという噂を聞き、一念発起して田舎を出てきたという。


「ふぅ……にしても、商隊の護衛って暇だねぇ。魔物、全然出ないし」


「魔物なんか、出ないほうが良いだろ」


「あれ? いつもは率先して『魔物、出てこいやぁ! オレ様の剣の錆にしてやるぜぇ!』って言ってるのに、どうしたのさ」


「誰だよそれ!? オレそんなこと今まで一度も言ってないから!」


 『黄金の風』とは、リースト村を出て一番近くの町に着いた後、王都行きの商隊が率いる馬車に載せてもらうことになったとき出会った。

 彼らはこの商隊の護衛任務を冒険者ギルドで受けたらしく、その縁でこうして乗り合わせている。


「ま、バカ弟のことはどうでもいいんだけど。……それで、リシアちゃん。体調どんな感じ? 今は魔物の気配もないし暇だから、もしキツかったら馬車止めてもらうけど」


 イレーナさんが小声で私の体調を気遣ってくれる。

 優しいし頼りがいがある先輩、って感じだ。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。体調が悪いわけではないので……」


「本当に? 無理しちゃダメだよ。まだ先は長いんだから」


「わかりました。ダメそうだったらすぐ言いますね」


 私がそう言ってにっこり笑うと、イレーナさんは心配そうな顔をしつつも下がっていった。


 いや、本当に体調不良とかではないんです……むしろ体調が良すぎて困っていると言っても過言ではないんです。


「あの……」


 そんな私たちのやりとりを見ていたエイリオくんは、腰のポーチをごそごそと探ってから、干し肉を一枚、私に差し出してきた。


「的外れだったら、すみません。これ、よかったら食べます?」


「おいバカ弟! お前ホントにバカ! お腹押さえてるからお腹空いてるってお前、そんなわけ……」


「いいんですか?」


「……え?」


 イレーナさんが二度見してくる。

 でも仕方がない。イレーナさんも無理しちゃダメって言ってたし、これ以上は胃に穴が空きそうだから。


「心配させちゃって、ごめんなさい。まだお昼ごはん前だから我慢しようと思ったんですけど、お腹が空きすぎて……」


「いやでもリシアちゃん……朝ごはん、とんでもない量のパン食べてなかった? スープとか目玉焼きもおかわりしてたよね?」


「そうなんですが……足りなかったみたいです」


 朝ごはんは、あれでもちょっと控えめにしてたのだ。

 何も考えず食べていたら、旅の路銀があっという間にスッカラカンになりそうだったから。


 でもだからといって、ここまで空腹になるとは思っていなかった。

 以前は人より少し食いしん坊なぐらいで、こんなに異常な食欲はなかったから、間違いなく聖女になった影響だろう。


 なんか最近、お腹が減るなーと思っていたけど、どうやら聖女になってから徐々に体質が変わっていたようだ。

 兄さんに『道中ではむやみに聖女と言い触らさないほうが良いよ』と言われていたから、スキルの使用も控えていたけど……使わないと途中で路銀がなくなっちゃうかもしれない。


「足りなかったって……あの量で?」


 イレーナさんが目を丸くして、ぽかんとした表情で私を見つめてくる。


 う、うぅ……やっぱり、引かれてるよねこれ。恥ずかしい。

 自分でもちょっと食べすぎたとは思ってるけど。


「やめろよ姉貴。いいだろ別に、いっぱい食べても。ガレンさんだって懐があたたかいときは、あれぐらい食うし」


 エイリオくんが、気遣うような声でフォローしてくれる。


「ガレンさんを比較に出してる時点でおかしいんだよ……」


 呆れたようにため息をつくイレーナさん。


 ガレンさんというのは、例の『黄金の風』三人目である、槍斧使いの人だ。

 無口で無表情だけど、どこか優しい雰囲気のある大きな男の人だった。

 筋肉もすごいし、食べる量も普段は多い……らしい。

 今は懐があたたかくないのか、朝は私の半分しか食べてなかったけど。


 そんな二人のやりとりを聞きながら、私は手元の干し肉に視線を落として――次の瞬間、脳内に電撃が走る。


 ピーン! ときた。


 この感覚……もしかして。

 前世日本の神食品が、出せるかもしれない。

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