第51話 護身用の武器
ジャンさんが危険だと言った区域から更に歩いて行くと、どこからか声が聞こえてきた。
「おい、獲物が来たぞ。しかもシスターだ」
「バカでかい丸太担いでるが……あれ偽物だよな?」
「偽物に決まってるだろ。あんな丸太持てるシスターがいるかよ。行くぞ」
前方から三人ほど、ボロボロの服を着た男性が現れた。それぞれ棍棒や、大振りのナイフ、縄を持っている。今さっき聞こえた会話からして、どう考えても物騒な活用法しか思い浮かばないアイテムたちだ。
「リシア様!」
「わかっています」
先頭を歩いていたジャンさんに下がってもらい、丸太を両手で抱えるように持つ。物騒なアイテムを持った男性たちからはまだ何もされてないし、言われてもないけど、早々に対処しないと襲われるかもと思ったので、『威嚇』することに決めた。
今は偽物だと思われているっぽいけど、実際に彼らが襲いかかってくる前にこの丸太が本物だということをわかってもらえれば、抑止力が働くはず。
「あっ……あっぶなーい!」
わざとらしく声を上げながら、前方の地面に向かって丸太を振り下ろす。
丸太を落としそうになって慌てているかのような演技を意識してみた。
直後、ズドン! と衝撃音を立てながら丸太の先が地面に抉り込んだ。
土埃が舞い上がり、周囲の木々に止まっていたらしい鳥が一斉に鳴きながら飛び立つ。衝撃が伝わったっぽい。
「え……?」
「は……?」
「うそ……だろ?」
三人の男性たちが、揃って絶句していた。目の前で地面にめり込んでいる丸太を見ながら、完全に固まっている。
「あ、すみません! つい手が滑ってしまって……」
私に悪意はないですよ~という感じで声をかけながら、丸太を引き抜く。
男性たちの視線が丸太を追って一度上がり、抉れた地面と土のついた丸太を交互に見やる。
「お……おい、地面、抉れてるぞ……」
「丸太……偽物じゃ、なかったのか?」
「んなバカな。本物だとしたら、どんな怪力だよ。魔力持ちだってあんなの持てるはずが……」
顔を青くしながら、小声でやりとりする声がはっきりと聞こえてくる。
うん、あともう一押しかな。
「ごめんなさい、この丸太とても重くて……ああっとー!」
よろけたフリをしながら、丸太の幹を男性の一人に近づける。
「お、おい! あぶねえぞ!」
「すみません、ちょっとバランスを崩してしまって……持ち直すので、少し持つの手伝ってくれますか? ほんの少しだけでいいので」
そう言いながら、私は丸太の幹を男性の肩にそっと乗せる。
男性は戸惑いながらも、丸太の重みを確かめるように両手で持ち上げようとするが――
「お、重っ……! おい待て! シスター! お前これ力入れてないか!?」
「力? 入れてませんよー。逆にちょっと力抜いてます。重くてちょっと疲れちゃったのでー」
重くて疲れた、というのはもちろん嘘だ。でも力を抜いているのは本当。
彼はいま肩に5メートルを超える丸太の重みを、そのまま受け止めているだけである。
まあ私が中心部あたりを軽く持っているから、全部の重みは感じてないだろうけどね。それでも私の背が低い関係で、彼が感じている分だけでも相当な重さのはずだ。
「う……ちょ、これ重い……やっぱ重すぎる!! おい、お前ら助けてくれ!!」
男性は必死に丸太を支えようとしたが、あまりの重さに膝が震えている。
仲間の二人も慌てて駆け寄って丸太を支えようとするが、三人がかりでもかなり重そうだった。
「ありがとうございます。やっぱり男性は力持ちですね」
私は微笑みながら丸太を再び肩に担ぎ直して、彼らから離す。
三人は息を切らしながら、唖然とした顔で私を見つめていた。
「あら……皆さんのそれは、護身用の武器ですか?」
私は右肩と腕だけで丸太を軽々と担ぎ、左手を頬に添えながら小首を傾げる。もちろん『それ』というのは、彼らが持っている棍棒やナイフ、縄のことだ。
「この辺りは危ないって言いますもんね。私も、この丸太は護身用の武器として持って来たんですよ。いざとなったら、この丸太でえいっと、暴漢さんをやっつけようと思いまして」
ふふふ、と笑いながら告げる。
三人は顔を引きつらせたまま、抉れた地面を見て、それから丸太の先端をじっと見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
「あ……ああ、そ、そうそう! これな、護身用!」
「こ、この辺り物騒だからさ!」
「素手じゃ歩けないんだよな!」
三人は私の言葉に合わせて、口々に言い訳を始めた。さっきまでの凶悪そうな表情はどこへやら、今では必死に善良な市民のフリをしようとしている。
棍棒を持っている男性に至っては、自分の武器を背中に隠そうとしているが、長すぎて隠し切れていない。
中々にシュールな光景だけど、これでひとまず危険な雰囲気は脱したかな。
そう思った次の瞬間、ジャンさんが警戒した様子で私に声をかけてきた。
「リシア様、向こう側から何か来ます」
彼が右手にある森へと繋がる脇道に視線を向ける。
するとそこから、槍や弓、剣など様々な武器を手にした男性たちの集団がこちらへと歩いてきた。
先頭に立つのは、右目に黒い眼帯をした野性味のある男性。
やや長めの黒髪は無造作に後ろで束ねられ、鋭い顎のラインと日に焼けた肌が精悍さを際立たせている。
身にまとう革の胸当ては使い込まれ、剣の柄を握る指先には幾つもの古傷が刻まれていた。
立ち位置とその存在感からして、彼が集団を統率しているリーダーだろう。
……あれ? 眼帯って、もしかしなくても彼がレイス・ランベールその人では?
大司教様が『眼帯してる怖いおじさん』って言ってたから、もっと年配だと勝手に思ってたけど……見た感じ、年齢はだいたい三十代ぐらいだろうか。確かに大司教様と比べたらおじさんだろうけど、想像していたよりもずっと若かった。
「や、やべ! レイスだ!」
「なんでこっちから!?」
「そ、そんなことどうでもいいだろ! 逃げるぞ!」
三人組は集団の先頭を歩く眼帯の男性を見た瞬間、慌てふためき、互いにぶつかり合いながら駆け出していった。
やっぱり、あの眼帯をした男性が大司教様の言っていたレイス・ランベールさんで合っているみたいだ。
「あいつら……」
レイスさんは走り去っていく三人組の背中を見やり、低く呟いた。
すると近くに建てられたテントのような住居から一人の男性が足早に近づき、レイスさんの前でボソボソと呟くように報告する。
「レイスさん……あの三人、黒です」
「……そうか」
短い言葉とともに、レイスさんが目を眇める。
「予定通りに処理しろ」
「了解」
耳打ちしていた男性は即座に頷き、手で合図を送る。
すると集団の中から六人が素早く前に出て、三人組が逃げていった先へと走り去っていった。やがて道の奥に消えていき、足音も遠ざかる。
残された場には、武装した集団と、私とジャンさん。
重苦しい沈黙が流れ、その中でレイスさんの視線がまっすぐこちらへと向けられた。




