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異世界聖女の現代グルメ ~万物を食べ物に変えるスキルで世界平和を目指します~  作者: 霧島樹


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第48話 解決策の方向性

 結局、列に並ぶ人々がいなくなったのは、周囲がすっかり暗くなってからだった。

 つまり私とジャンさんは、ほぼ丸一日パンを配っていたことになる。


 さすが一万人以上が住んでいると言われるスラム街だ。

 途中からは配るペースもかなり早くなっていたはずなのに、それでも相当な時間がかかってしまった。


 ……まあ、朝に並んでパンをもらい、夜も並んでいた人が割といたので、それも要因の一つかもしれないけど。


 ちなみに子どもたちへパンを配ったときは『これからスキルを何度も使うし、どうせ沢山の人にあれこれ聞かれるだろうから、いっそ最初から自分で言っちゃおう』と思って聖女を名乗った。


 でも実際は今日一日、巨大パンの出所について聞かれたのは数えるほどで、それも『女神様の奇跡です』って言ったらそれ以上のことはほとんど聞かれなかった。どうやら思っていたほど、スラム街の皆さんは私に興味がなかったらしい。完全に自意識過剰だった。


 だから今後は、しばらく聖女を名乗るのはやめておこうと思う。まだ正式認定前だし……何より、ジャンさんにもやんわりと『聖女を名乗るのはやめたほうがいい』と言われたし。


「それで? それって何の意味があったの?」


 教会本部の客室で、簡素なソファに肘をつきながら、エリュア大司教様が聞いてくる。パン配りの後、さすがにスラム街のジャンさん宅に泊めてもらうわけにもいかず、教会本部を頼ったら快く泊めてもらえることになったので、お風呂をいただいてから客室に向かったら、なぜか彼女がいたのだ。


「意味……ですか?」


「そう、意味」


 こちらの真意を見定めるように、じっと見つめてくる大司教様。


 意味……と言われましても。

 私はスキルで大量の食べ物を出せるから、お腹が空いている人たちにまずは食べ物を……と思っただけなんだけど。


「アナタ、まさか……何の目的もなしに、何も考えず一日中、施しをしていたの?」


 鋭い目つきで大司教様が問いかけてくる。

 圧がすごい。怖い。


 これ、『特に何も考えていませんでした』とか言えないやつだ。

 何か考えなきゃ。ええと、ええと……そうだ!


「も、もちろん考えてました! ほら、これから何をするにしても、皆さんの栄養状態がよくないと何もできないじゃないですか? だからまずは栄養状態の改善をしよう、って思ったんです」


「ふーん……それだけ?」


 大司教様にそう言われて、ドキッとした。

 前世、とある食品会社の面接で、私なりに頑張って志望動機を語った直後、面接官の人に『それだけ?』って言われた記憶が蘇る。


 ちなみに、私はそのとき今と同じく何も考えていなかったので、反射で元気よく『はい! それだけです!』って答えた。

 後日、もちろんその会社からはお祈りメールが届いた。


「は、はい……それだけ、です……」


 おずおずと答える。思い出したくない記憶を思い出してしまった……。

 さすがに今回は元気よく答えられなかった。


「そう……それで、何か解決策は見つかった?」


「いえ……まだ何も見つかっていません」


 正直、今日は解決策を見つけるどころか調査自体もまともにできていないので、当然といえば当然なんだけど……ただここで話が終わると大司教様が私に割いてくれた時間が無駄になっちゃいそうだったので、なんとか話を繋げる。


「昨日、改めてマティアス殿下に確認したのですが、やはりスラム街自体は絶対に撤去しなければならない……とのことでした」


「そうね。その前提条件はどうやっても変わらないわ」


 淡々と頷く大司教様。


「そう考えると、スラム街に住んでいる方々は王都に住むか、地方に受け入れてもらうか、新天地を開拓するか、の三択だと思うんですが……」


「王都に住めるような人間はとっくの昔に職と住まいを斡旋済みで、地方にはもう本当の限界まで住民を移送してあるって話よね」


「はい。だとすると、実質的には新天地を開拓の一択なのですが、今日ジャンさん……王国軍の人に話を聞いた限りだと、それも難しいという話でした」


 ここに向かう道の途中までジャンさんに送ってもらっていたとき、私は彼にスラム街のことを色々と尋ねてみた。

 その結果わかったのは、やはり私に思いつくようなことは、もうほとんど試されているし、検討されていたということだった。


「新天地を開拓するのが難しい理由はいくつもあるんです。まず、スラム街の方々には知識も技術もないから、農地を拓いたり家を建てたりといったことができません。それに必要な物資も不足しています。食料や道具を運ぶにしても、膨大な量が必要になりますし……」


 言葉を選びながらも、一度口に出してしまうと次々に不安要素が浮かんでくる。


「それに、仮に場所と物資を用意できたとしても、素人集団を誰が統率するのか、という問題があるんです。きちんと指導できる人や、秩序を保てる人を現地に派遣しないと、開拓どころか内部で争いが起きてしまうかもしれない……そして何より、それら全部を賄う予算がない。王国軍の人も、結局そこが最大の壁だって言っていました」


 言いながら、自分で自分を追い詰めているような気分になる。やる前から不可能の理由ばかりを並べ立てているみたいで、情けない。でも、だからといって厳しい現実を見ないわけにはいかない。


「そうね」


「大司教様もご存じでしたか?」


「当然じゃない。無理難題で、明らかに教会では解決できない問題とはいえ、一応は王家から任せられたのだから。そういった引き継ぎぐらいされているわ」


「そ、そうでしたか……」


 あの……だったら私も、最初の説明でその引き継ぎをしてほしかったんですが……。

 そんなふうに考えていると、大司教様はゆっくりと身を乗り出し、その鋭い視線を私に向けてきた。


「それで、今代の聖女様としては、どうされるおつもりかしら?」


「……正直に言うと、どうしたらいいのか、まったくわかりません」


 新天地の開拓について、私に特別な専門知識はない。

 そして仮に予算の問題が解決して、専門家の人を雇うことができたとしても、私はそのうち聖教国や帝国に行かなければならないため、新天地に留まることはできない。


「でも、まだ一日目ですから」


 専門家ではないから、自分が最後まで関われないからといって、すぐに諦めるつもりはない。

 詳しい内容はわからないけど、もしこのまま問題を放置した結果、王国軍が強硬手段を取るとしたら、それはどう考えても人道的なものではないからだ。


「もうしばらく他に解決策はないか、考えてみたいと思います」


「……そう」


 大司教様は小さく息を吐き、ほんの一瞬だけ目を伏せた。その表情には、期待とも落胆ともつかない複雑な色が浮かんでいる。

 そして次に視線を上げたときには、再び冷静さを取り戻していて、試すように私の顔を見つめていた。


「考えるのはいいことよ。ただし、時間はそう長くは与えられないわ」


「……時間、ですか」


「ええ。もちろん、数日で解決しろとまでは言わないけれど……でも、せめて二週間以内には解決策の方向性を示してほしいわね。王家にもせっつかれてるし、いくら考えても、無理なものは無理なのだから」


「二週間……」


 まだまだ先は長い。私としてもここでずっと足踏みしているわけにはいかないので、二週間という期間はいい区切りになるだろう。


「わかりました。二週間以内に解決策を持ってきます」


「頼りにしているわ。それと、スラム街の奥にはまだ行ってないのよね?」


「はい。今日は入り口付近でパンを配っていましたから」


「なるほど。じゃあはい、これ」


 大司教様はそう言うと、懐から教会本部の印が押された封筒を取り出し、机の上を滑らせて私へ差し出した。


 ……あれ? またこの流れ?

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