第44話 美味しく食べられる期限
物凄い勢いで『温めずに食べられるカレー職人』と『サトウのごはん 魚沼産こしひかり』の組み合わせを平らげたルシアン殿下は、我に返ったようにスプーンを置き、慌てたようにうろたえた。
「ち、違う! これは……!」
「兄上、何が違うのですか? まさかそれだけの勢いで食べておいて、『美味しくなかった』……と? それはさすがに無理があるでしょう」
マティアス殿下が口角を上げながらそう指摘すると、ルシアン殿下は悔しそうに眉間へ深い皺を寄せ、低く唸り声を漏らした。
「ぐぬぬ……!」
どうやら、よほど認めたくないらしい。
今はまだ上手い反論が思いつかないのか、彼は無言のまま睨みを利かせているが、このままだと何かしら別の難癖をつけてきそうだ。
なら、今のうちに畳みかけるしかない。
「では、他の皆様にも食べていただきますね」
私は有無を言わせず、窯からごはんを山盛りに盛りつけたお皿を新たに用意し、スキルを発動して温かい『サトウのごはん 魚沼産こしひかり 200g』を三つ召喚する。
そのまま立て続けに、例のぱるふぁむなんちゃらをお皿に注ぎ入れ、さらにスキルを使って『グリコ 常備用 温めずに食べられるカレー職人3食パック 甘口』を召喚。
テーブルの上に三つのお皿を並べ、それぞれにごはんを盛りつけ、カレー職人を惜しみなくかける。
仕上がったばかりのそれらを、一つはスプーンと一緒にマティアス殿下へ、もう一つはオノレ・ラクロワ翁へと手渡した。
そして残る最後の一皿は、私の分だ。
周囲から『この人、今さっき食べてたのに、また食べるんだ……』みたいな視線を感じる気がするけど、細かいことは気にしないでほしい。
「いただきます」
両手を組んで女神様に祈りを捧げてから、『温めずに食べられるカレー職人』と『サトウのごはん 魚沼産こしひかり』の組み合わせに挑む。
スプーンを手に取り、まずは一口。
「あぁ……『サトウのごはん』のふっくらとした粒が口の中でほろりとほどけ、そこへ『温めずに食べられるカレー職人』が重なる……。柔らかな野菜の旨み、コクがありながらもさっぱりとした、普通のカレーでは感じられない特有のなめらかさ。そして甘口ならではの優しい味わいが、舌全体を抱きしめるように広がっていく……幸福です」
都合二杯目となるカレーライスだけど、やめられない止まらない。
夢中で食べ進めていると、隣のマティアス殿下もスプーンを止め、感嘆の声を漏らした。
「これは……! パルファム・エピセ・デュ・シエル・エ・ドゥ・ラ・テールは冷えたら固まってスプーンも通らないほどですが、こちらはまったく問題なく食べられます! しかも味の深み、コクについても勝るとも劣らぬながら、さっぱりと食べやすくて優しい味わい! しかも冷えていてなお、美味しいとは……!」
マティアス殿下は目を見開き、大げさに身振り手振りで『温めずに食べられるカレー職人』を評価していた。どうやら私が思っていたより、随分と愉快な人だったらしい。
一方、いつの間にか用意されていた丸テーブルに腰かけているオノレ・ラクロワ翁は、黙々とスプーンを動かして食べていた。しかし、そのゆったりとした動きと、一口ごとに噛みしめる仕草からは、確かに『温めずに食べられるカレー職人』と『サトウのごはん』のコラボを味わっているのが伝わってくる。
マティアス殿下の言葉、ラクロワ翁の様子、そして何より――ルシアン殿下が先ほど見せた無意識の爆食ぶり。
これらすべてが、冷めた状態でも十分に美味しいという事実を証明しているはずだ。
私は満を持して、ルシアン殿下の方へと向き直り、『グリコ 常備用 温めずに食べられるカレー職人3食パック 甘口』の外袋を掲げて見せた。
「ルシアン殿下。これで皆様の反応からも、冷めた状態で美味しく、そしてすぐに食べられる、という条件は満たしたと思います。残るは最後の条件、五年以上の保存期間、ですが……」
そう言って、私は外袋の一角に記された文字を指差した。
「こちらをご覧ください。王国では見慣れない表記かと思いますが、我々の言葉にすると『五年六か月』と書かれています。しかもこれは――『美味しく食べられる期限』のことです」
その一言に、場がどよめいた。
料理人たちが顔を見合わせ、低くざわめき始める。
それも当然だろう。この世界の常識では、消費期限ですら五年六か月など不可能だ。最先端の魔道具や発明品を数多く産出するトリア共和国製の缶詰ですら数年が限界であり、味の保証など到底できない。
しかしこれは『美味しく食べられる期限』で五年六か月。つまり、食べられるだけならばもっと長く持つ、ということに他ならない。
「う……嘘を言うな!」
突然、ルシアン殿下が勢いよく立ち上がった。
わずかに椅子が後ろへと倒れかけるほどの動きで、彼は私を指さす。
「そんな長い期限を実現できるはずがない! それに口だけなら何とでも言える! 我々にはその文字は読めないのだからな!」
「嘘ではありません」
私は真っ直ぐに彼を見据え、淡々と言葉を重ねた。
「五年と六か月が経っても、美味しく食べられることを――女神様に誓います」
その瞬間、空気が張りつめた。
ざわめきは一気に騒然へと変わり、この場にいる全員の視線が私へと集まる。
女神様への誓いを軽々しく口にしてはならないこの世界において、それはつまり『嘘であれば命を奪われても文句は言えない』ということ。ましてや女神様に仕えるシスターの私が口にすれば、家族どころか一族郎党まで連座で処刑されても異議は唱えられない。
だからこそ、誰もが思う。
――シスターがあそこまで言うのなら、嘘であるはずがない、と。
私はさらに一歩、前へと踏み出した。
ここで畳みかけなければならない。




