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異世界聖女の現代グルメ ~万物を食べ物に変えるスキルで世界平和を目指します~  作者: 霧島樹


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第25話 希望の光

「わ、わかった……キミがそこまで言うなら……」


 アルノー村長は恐る恐るといった様子でコップを手に取り、口元へと運ぶ。

 そして、まるで毒見でもするかのように、ちびりと一口飲む。


 次の瞬間――


「……なっ……な……ッッ……!?」


 アルノー村長の目が見開かれた。

 まん丸になった瞳が、信じられないものを見るかのように震えている。


「これは……これは一体……!?」


 そう呟いた直後、彼は凄まじい勢いでごくごくとコップの中身を一気に飲み干していた。


「うおおおおおお!!!」


 突然、アルノー村長が雄叫びを上げた。

 私はビクッとして後ずさる。


「なんという……なんという美味なる飲み物だ!! 牛乳の優しい甘みと、肉豆の香ばしい風味が絶妙に調和している! 香り高くて、まろやかで……それでいてお腹に対する優しさが伝わってくる! これは、これは……ッ!」


 アルノー村長は空になったコップを見つめ、感激に打ち震えていた。

 その余韻も冷めやらぬまま、慌てたように『アカディ』のパックに手を伸ばした。

 そして迷いなく『アカディ』と『おいしい大豆プロテイン コーヒー味』を手に取る。


「もう一杯だ!!」


 もはや何を言うまでもなく、アルノー村長は自ら二杯目を作成し始めた。すりきり三杯入れて、スプーンでガシガシかき混ぜている。

 そして、またしても飲む。いや、流し込む。凄まじい勢いで、目を閉じて味わう暇もなく。


「素晴らしい!! 実に素晴らしい!! これぞまさに女神様の奇跡! 長年牛乳を飲めずにいた私の人生は何だったのか! もっと早くこの奇跡の飲み物に出会いたかった!!」


 大げさな身振り手振りで感想を述べながら、アルノー村長はまた『アカディ』のパックに手を伸ばす。


「三杯目を……」


「ちょっと待ってください」


 私は慌ててアルノー村長の手を制止した。


「いくらお腹がゴロゴロしないとはいえ、冷たい飲み物を何杯も続けて飲むのは体によくありません。お腹を冷やしすぎてしまいます」


 前世でがぶ飲みしまくってた私が言うのもなんだけどね。

 でも今世ではがぶ飲みしてないから許してほしい。


「あ……い、いかん……私は、何を……」


 私の言葉で、アルノー村長は我に返ったようだった。

 コップを持ったまま固まっていた手をゆっくりと下ろし、私の顔を見つめる。


「……聖女様」


「えっ」


 思わず声が漏れた。


「この度は……私の愚かな態度を深く、お詫び申し上げます。貴女様が真の聖女であることを、この奇跡の飲み物を通じて深く理解いたしました。これほどまでに素晴らしい奇跡をお見せいただけるとは……私は、私はなんという無礼を働いてしまったのでしょう」


 アルノー村長の声は震えていた。感激と後悔が入り混じったような、複雑な表情を浮かべている。

 態度の変わりようがすごい。


「え、いや、あの、ちょっと待ってください」


 私は両手をひらひらと振った。


「まだ正式な認定も受けてませんし、そんなにかしこまるのはやめてください。本当に。私はただのシスターです。そういうことにしておいてください」


 今の時点で聖女って噂が流れちゃうと、いろいろと困るからね。

 そう思いながら笑いかけると、アルノー村長はしばらく黙ったまま私を見つめ、それからポツリと呟いた。


「……なんと、おおらかで慈愛深い方だ。さすがは、女神様に見出されし今代の聖女様」


 アルノー村長は感動したように言うと、再び深く頭を垂れた。

 その後、彼はそっと顔を上げると、目を輝かせながら言う。


「本当に、心から感謝いたします。このような素晴らしい飲み物に出会わせてくださったこと……一生の宝です!」


 しかし次の瞬間、彼の表情が凍りついた。


「どうしたのですか?」


「あ、ああ……今、恐ろしいことに気がついてしまいました」


 アルノー村長は震え声で呟いた。


「女神様の奇跡は、リシア様にしかお使いになれません。ということは……貴女様がこの村を去られてしまったら、この素晴らしい飲み物が、もう二度と飲めなくなってしまう……それに、私の体質を考えると、普通の牛乳もまた飲めなくなってしまう……」


 ガックリと肩を落とすアルノー村長。

 せっかく希望の光を見つけたのに、それがすぐに失われてしまうかもしれないという現実に打ちのめされているようだった。


 うーん……気持ちはわかる。

 私だって逆の立場だったら相当落ち込むと思う。

 でも私が一人しかいなくて、ずっと同じ場所に留まることができない以上、仕方がないことではあるんだよね。


 ただ、やりようはあるかもしれない。

 私は少しだけ考えてから、ニッコリと微笑んだ。


「アルノー村長。肉豆を使って、この『おいしい大豆プロテイン コーヒー味』の風味を再現する方法を探してみてはどうですか?」


「再現……ですか? こ、この神の味を……?」


「すぐにはできないでしょうし、決して簡単な道のりではないと思います。でも、いつかはできるはずです。肉豆の特性を研究して、どうやって粉末にするか、どんな材料を加えれば同じような味になるか……時間はかかるかもしれませんが、不可能ではないと思います」


 肉豆はそれ単体で、大豆とコーヒー豆にとても似た風味を持っている。

 そう考えると、必須な食材は最低限、揃っている……と思う。


「で、でも、良いのでしょうか……仮にもし、いつか再現できたとしても、女神様の奇跡によってもたらされた、神々の国の食品を真似するなど……」


「ふふ……大丈夫です。問題ありません」


 女神様はまったく気にしないだろうし、そもそもここ異世界だからね。森永製菓さんも地球だったらともかく、知らない異世界で似たような食品出されても、何も困らないと思う。


「いつか自分たちで味を再現できるようになるまでは、私が定期的にこの村へ来て、『森永製菓 おいしい大豆プロテイン コーヒー味 900g』をお渡ししましょう。来れそうになかったら物を送らせていただきます。それに、牛乳に関しても希望はありますよ」


「え……そ、それは、本当ですか!?」


「はい。『アカディ』を毎日飲んで、体を乳製品に慣らしていけば、普通の牛乳も少しずつ飲めるようになる可能性があります」


「な、なんと……!」


 アルノー村長の目に、再び希望の光が宿った。


「よし……! よおおおおし!! やってみましょう!! 必ず……必ず我が村で、この神の味を再現してみせます!!」


 燃えるような闘志をその瞳に宿して叫ぶアルノー村長の姿に、私はつい、くすりと笑ってしまった。


 まあでも、本当によかった。

 これでアルノー村長が牛乳を飲めるようになったら、それはとても素晴らしいことだ。牛乳は栄養バランスに優れた準完全栄養食品だし、飲めるなら飲むに越したことはないからね。何より、牛乳は美味しいし。

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