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第19話 肉豆とシチュー、それから白パン

「おそらくですが……あの病を起こしていた原因がわかりました」


 ミレアちゃんの部屋を出たあと、私は台所でポーラさんに声をかけた。

 窓から差し込む陽射しがその横顔を照らしていて、疲れと不安の色がにじんでいた。けれど私の言葉を聞いた瞬間、ポーラさんの目が驚きと期待でぱっと見開かれる。


「本当ですか!?」


「はい。鍵になるのは、肉豆とシチュー、それから白パンです」


「肉豆とシチューと……白パン、ですか?」


 ポーラさんの眉が、わずかに寄せられた。

 普段食べ慣れているそれらの食材が、どうして鍵になるのか理解できない様子だ。


「そうです。ポーラさん、この家ではミレアちゃんに肉豆を食べさせていませんでしたよね?」


「それは……はい。あの子、肉豆は嫌いなものですから……」


「ただ、あなたと旦那さんは食べていた」


 私が最初の聞き取りでまず一つ間違ったのは、症状が出ているあの三人の食事内容だけを聞いて、『家族』のほうは聞かなかったことだ。そのせいであの三人が肉豆を食べていなくて、家族のほうは食べていたという違いに気がつかなかった。


「私と旦那は肉豆、嫌いじゃありませんから……でも、その代わりちゃんとお肉は食べさせていましたよ?」


「それはシチューに入れて、長時間煮込んだもの……ですよね?」


 二つ目の間違いは、『お肉の状態』をちゃんと確認しなかったこと。

 今でこそ行商人から買えるものの、昔はこの村でお肉といえば相当な貴重品だった。冷凍魔石もその頃はまだ一般に普及しておらず、稀に入手できたとしても肉の鮮度がよくないことが多かったらしい。

 だから生の肉をそのまま焼くよりも、シチューみたいに原型がなくなるほど煮込む料理が自然に文化として根付いた……そんな背景があったのだ。


「は、はい……それが何か問題でも?」


 ポーラさんの顔に困惑の色が浮かぶ。

 私は深く息を吸い込んでから、核心を告げた。


「お肉は確かに栄養価が高い食べ物です。ただ長時間、煮込んだシチューの場合、ある種の身体に重要な栄養素が大幅に失われてしまうんです」


 もちろんそれでも全部が失われるわけじゃないし、大抵は他の食べ物でも摂取できることが多い。ただ、この村は少し特殊だった。


「その重要な栄養素は今まで肉豆や、茶色いパンなどでも摂取できていました。十分取れていたかどうかはさておき、そのおかげであのような病になることはなかったはずです。しかし二か月前ぐらいから、この村では白パンを毎日食べられるようになった」


 そして三つ目に私が間違ったのは、白パンを食べられるようになった『時期』を確認していなかったこと。


「その結果、肉豆を食べておらず、今までその重要な栄養素のほとんどを茶色いパンから摂取していたミレアちゃん、ラルフくん、エリーゼさんが、重度の『脚気(かっけ)』と呼ばれる病気になったんです」


 もしかすると前世の脚気とは似て非なる病気かもしれないが、原因と症状が似通っているから脚気と呼んでいいだろう。

 どうりで何か大事なことを忘れているような、見落としているような気がしたわけである。だって、義務教育で習ったことだからね……脚気って。


 脚気は、昔の日本で言えば『江戸(えど)(わずら)い』とも呼ばれていた病気だ。

 白米ばかりを食べていた江戸の武士や町人たちが、なぜか原因不明の足のしびれや倦怠感、ひどくなると歩くことすらできなくなる症状に悩まされた。それが脚気だった。


 原因は、ビタミンB₁の欠乏。

 精製された白い米や白い小麦粉からは、このビタミンがごっそりと削り取られてしまう。玄米や全粒粉の表皮や胚芽の部分にこそ、このビタミンは豊富に含まれているからだ。

 それでも肉や魚、豆など他からビタミンB₁を摂取できていれば良かったのだが、今回の三人はそれがほとんど取れていなかった。


 栄養の偏った食事が続けば、体はゆっくりと、しかし確実に蝕まれていく。

 それと同じことが、この村でも起こっていたのだ。


 とはいえ、三大栄養素の概念すらないこの世界で、ビタミンにまで気を配れって言われても難しいと思う。むしろ『お肉は健康に大事』とかの経験則しかないのに、三大栄養素をしっかり取っていただけでも凄い気がする。


 私なんて義務教育で習っても、今の今まで脚気どころかビタミン、ミネラルとか五大栄養素のことすら忘れてたからね!

 いや……忘れてたっていうより、三大栄養素がしっかり取れていればそのあたりも割と普通に取れてるでしょ、っていう楽観的な思考だったというのが正しいんだけれども。


 だって普通、パンとかに加えてお肉とか野菜まで食べてるって言われたら、『じゃあ大丈夫かな』ってなるじゃん……そんな長時間煮込んでるとは思わないし、ピンポイントにビタミンB₁だけ足りない食生活してるなんて、想像だにしなかった。


 しかし、前世でダイエット系の動画を見まくってたのが、ここで生きてくるとは。『加熱するとビタミンB₁が減る』とかは、ダイエット系の動画を見てると割と耳にする機会が多いから、自然と頭に残ってたんだよね。


 ビタミンB₁は糖質をエネルギーとして使うのに必須だから超大事。

 ダイエットに苦しむダイエッターにとっては常識なのだ。


 ……なんで異世界に転生してまで、ダイエットのことを考えているんだ私は。

 うん……この話はやめよう。直視したくない現実を見ることになってしまう。


「あの……リシアさん? どうしたんですか?」


「いえ、何でもありません。少し考え事をしていました。それで、脚気についてですが……こちらは適切に先ほど言った栄養を取っていれば、再発してしまうことはありませんから安心してください。具体的に言えば肉豆や茶色いパン、後は普通に焼いたお肉とかですね」


 ビタミンB₁は加熱に弱いとはいえ、加熱時間が短ければ損失も少ない。

 普通に焼いたお肉であれば、十分に摂取できるはずだ。


「そう、ですか……」


 しかし、私の説明を聞いてもポーラさんの表情は一向に明るくならなかった。むしろ、更に暗くなったように見える。


「……何か、気がかりなことでも?」


 私がそう尋ねると、ポーラさんは気まずそうに目を伏せながら口を開いた。


「それが……ミレアは肉豆が本当に嫌いで、どんなに言っても絶対に食べてくれないんです。匂いを嗅いだだけでも、自室にこもってしまうほどで……」


「え……」


「それにお肉も……焼いて食べられる新鮮なお肉は、冷凍魔石を使ってこの村に運ばれてくるせいか、その分すごく高くて……私たちのような庶民にはとても手が出せません。シチューに使う塩漬け肉でさえ、たまにしか買えないぐらい高いので……」


「あ、えっと……」


「茶色いパンも、この村ではもう売っていないんです。みんな白パンのほうが美味しいって言うので、パン屋さんも白パンしか作らなくなってしまって……」


「……………………」


 完全に絶句した。


 なるほどね……ここでこうくるのかぁ……。

 なーんか、変だとは思ってたんだよね。


 私、こんな情報集めて推理して……って柄じゃないし。

 つまりは、ここからがやっと『食の聖女』の出番ということなのだろう。


 私は深く息を吸い込んで、ポーラさんを見据えた。


「わかりました。そういうことならその悩みも、解決してみせましょう」


 女神様の奇跡によって召喚可能な――日本が誇る、『神食品』で!

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