第18話 三人の共通点
村に戻った私は、まずポーラさんを訪ねた。
ミレアちゃんと同じような症状が出ている人のことを尋ねると、ポーラさんは同じ病気を抱える家族として交流を持っていたらしく、その二人の名前と家を教えてくれた。
一人は十七歳の少年ラルフくん、もう一人は二十四歳の女性エリーゼさん。
私はそれぞれの家を訪ね、ポーラさんのときと同じように、治療費はわずかな通貨と食料だけでいいと提案して治癒聖術による治療を行った。
二人ともミレアちゃんよりは軽症だったものの、やはり頬はこけ、手足は全体的に細くなっているのに、指先や手足の甲、関節などが妙に腫れていたのが気になった。
治療後、ミレアちゃんも合わせて三人の初期症状について詳しく聞いてみると皆、同じようなことを訴えていることがわかった。
最初は足がだるく感じられ、次第に手足がしびれるようになり、そのうち歩くのもつらくなったという。
調べた結果わかった三人の共通点を考えてみる。
ミレアちゃんは十五歳、ラルフくんは十七歳、エリーゼさんは二十四歳。
年齢、性別、住んでいる場所もバラバラだし、血縁関係があるわけでもない。みんなの家族は栄養状態がしっかりしていて、家庭環境に問題がありそうなわけではなく、不潔や貧困が原因というわけでもなさそうだ。むしろ普通の家庭より、やや裕福だった。
そして三人とも食事における三大栄養素――タンパク質、脂質、炭水化物が偏ってないかPFCバランスも調べたけど、極端に足りなそう、あるいは過剰になっていそうなものも見つけられず。
もちろん前世の基準で言えば偏っている気がするけど、あれだけ深刻な症状が出るほどの偏りだとは思えなかった。前世で栄養士や医者だったわけじゃないし、義務教育で習ったレベルのことすら忘れるぐらいの私だから、絶対とは言えないけど。
それどころか、なんなら一部の前世日本人よりも栄養バランスには気をつけているようにさえ思えた。
王都の近くだけあって、白パンの原料となる精製された小麦粉が流通していたり、プリンやパイなど、そればかり食べていたら明らかに栄養が偏る食べ物も多かったが、ちゃんと野菜とお肉が入ったシチューや、蜂蜜漬けの果物、上質そうなチーズやバターなども摂取しているらしい。
だからお菓子と白パンばかり偏食した結果、糖質過多でタンパク質が不足していた……ということもなさそう。
村の人たちが言うように、これは私が知らない新しい伝染病か、または何かしらの中毒なのだろうか? だとしたらお手上げなんだけど……いやでも、何か大事なことを忘れているような、見落としているような気がする。
「うーん……」
悩みながら村の中を歩いていると、先ほど商隊の前で叫ぶポーラさんを止めていた中年男性を見つけた。畑で作業をしている彼に声をかけてみると、この村で『肉豆』と呼ばれる豆を作っている農家、トーヴィンさんだということがわかった。
「なぜ肉豆というんですか? 肉の味がするとか?」
疑問に思って尋ねると、トーヴィンさんが手を止めて説明してくれる。
「はは……いや、肉の味はしないけどな。この村は昔から水が少なくて、しかも魔物が多くてさ。だから家畜を育てるのが難しかったんだ。水がないと飼料になる作物も育たないし、せっかく育てても魔物に襲われちまうからな。それで、ほとんど肉を食べられない暮らしが続いていたんだけど――この豆を食べていれば、不思議と肉がなくても元気でいられたんだ。だから『畑の肉』なんて呼ばれてさ。そこから、いつの間にか『肉豆』って呼ぶようになったんだよ。今では行商人が頻繁に来るようになって、肉もそれなりに手に入るようにはなったんだけどな」
そのおかげで肉豆の消費量も減っていると、トーヴィンさんは少し寂しそうに語った。
「肉豆の消費量も、減っている……」
そう自分で呟いた瞬間、私の頭の中で何かが繋がった。
もしかして……私はすごく、初歩的なことを見落としていたのかもしれない。
〇
まず向かったのはラルフくんの家。驚く母親をよそに、今度は本人だけでなく家族全員の食事内容を詳細に聞き取る。ラルフくんはやはり、肉豆をほぼ食べていなかった。一方、他の家族は肉豆を普通に食べていたという。
そしてラルフくんの体調が悪くなり始めたのは、二か月前ごろ。
次に訪れたエリーゼさんの家でも、似たような結果が出た。少し違うのは、甘いお酒が好きで体調を崩す前までよく飲んでいたというぐらい。彼女も肉豆は元からあまり好きではなかったそうで、気づけば何年も口にしていないという。こちらも家族は普通に日常の食卓に取り入れていた。
それからエリーゼさんの体調が悪くなり始めたのも、二か月前ごろ。
最後に、ミレアちゃんの家。彼女の様子を改めて確認したあと、私は再びポーラさんにお願いして、二人きりで話を聞き直した。
「ミレアちゃん、ちょっと聞き忘れちゃったことがあるからもう一度教えて。ミレアちゃんって、肉豆は普段食べてる?」
「食べない……肉豆はわたし嫌いだから、お母さんに出さないでって言ってる」
「そうなんだ。そういえば、野菜とお肉がいっぱい入ったシチューは食べてるって言ってたよね。あれ、シチューのお肉はどんな感じだった? 硬かった? 柔らかかった?」
「とっても柔らかくて美味しかった。わたしお肉はあんまり好きじゃないけど、シチューのお肉はお母さんがすごく長い時間煮て、柔らかくしてくれるから好きなの」
ミレアちゃんが満面の笑みで答える。
これはもう、ほぼ確定だ。
でも念のため、ラルフくんとエリーゼさんにも聞いた最後の質問を聞く。
「ありがとね。じゃあ、最後に……白パンって、いつぐらいから食べるようになった?」
「えっと……二か月前ぐらいかな。王都で白パンの粉がいっぱい作られるようになったから、やっとうちの村のパン屋さんでも毎日、白パンが買えるようになったんだって、お父さんとお母さんが喜んでた。村が豊かになった証拠だって」
「その前までは、パンは茶色いやつを食べてたんだよね。不作のときは黒パンだっけ?」
ミレアちゃんは眉をひそめ、訝しげな表情で頷く。
「うん、そうだけど……なんで知ってるの?」
「他の人にも聞いてたから。でもありがとね、ミレアちゃんのおかげでハッキリわかった」
そして、すべてが繋がった。