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第16話 疑惑の体重

 女神様にインターネットやネットスーパーについて説明してから、二日後の昼過ぎ。

 私は商隊が率いる屋根のない馬車の上で、いつものように『黄金の風』パーティーの三人と雑談していた。


「え? じゃあこれから行く村は、帝国領なんですか?」


 私が驚いて声を上げると、イレーナさんが頷いた。


「そうだよ。まあ戦争のたびに王国領になったり帝国領になったりしてるらしいんだけどね」


「何もない村らしいっすよ!」


「エイリオ……間違ってもそれを村の中で言うんじゃないぞ」


 ガレンさんが眉をひそめながら、エイリオくんに注意する。

 聞くところによると、大して何もないことは間違いないが、王都へ向かうにあたって避けると遠回りになるため、行商人がよく通るらしい。

 もちろん通るついでに売り買いをしていく行商人がほとんどなので、規模の割には栄えている村なのだとか。


「えっと……帝国って王国と停戦中だったと思うんですが、帝国領に勝手に入っても良いんですか?」


「一応、商人とかは大丈夫って話だったと思うよ。ね、ガレンさん」


「ああ。停戦協定で商業活動は保護されているからな。問題はない。当然、護衛の冒険者も対象になる。そもそも次の村には滞在しないしな。取引が終わったらすぐ出発する予定だと、商隊の責任者も言っていた」


 ガレンさんの説明を聞いて、私は胸を撫で下ろした。

 勝手に国境を越えてトラブルになるんじゃ……と内心ひやひやしていたけど、商人やその護衛が問題ないのなら、ひとまずは安心だ。


「よかった……」


 実は二日前に女神様と会話したとき、本格的な戦争が起こる気配はまだ先っぽい……という、なんとも曖昧かつありがたいお告げをいただいたので、うっすらと大丈夫なんだろうな、とは思っていたんだけど。


「でも……なんか寂しいっすよね。もうすぐ、リシアさんとお別れだと思うと」


「お別れですか? ……確かに、言われてみればもうすぐですね」


 そういえば二日前に発った街で、『王都まであと三日ぐらい』という話をみんなでした記憶がある。ということは、誤差があったとしてもあと一日前後で王都だ。

 王都に着いたら『黄金の風』三人は新しく見つかったらしいダンジョンへ向かい、私は教会本部で認定を受けたら聖教国へ行く予定なので、エイリオくんの言うとおりお別れになる。


 リースト村を出発してから、三週間と少し。

 地図で見ればわずかな距離だけど、この世界で初めての旅は、驚きと発見の連続だった。長いようで、今思えば本当にあっという間の旅だった気がする。


「私、『黄金の風』のみんなと一緒でよかったです。本当に、いろんなことを教えてもらって……」


「ちょっとちょっと、まだ早いってリシアちゃん。今からお別れ会するわけじゃないんだからさ」


「ふふ……そうでした。まだ一日ぐらいあるんでしたね。では、続きはまたそのときに」


 そう言った直後、突如として私の身体がふわっと宙に浮かび上がった。

 私たちが乗っている馬車の荷台は屋根がないこともあり、そのままどんどん空へと浮かび上がっていく。


「え?」


「リシアちゃん!?」


 ガレンさんとエイリオくんが目を見開き、イレーナさんは即座に弓を構えて、矢を放つ。

 しかし私の両肩を掴んだ『何か』は後ろに目がついているかのように矢を避けると、まるでイレーナさんを嘲笑うかのように鳴いた。


「キュルルルルル!」


 見上げると、そこにはとても大きな鳥型の魔物がいた。

 翼を広げると馬車よりも大きそうな、茶色い羽毛に覆われた猛禽類のような魔物。どうやら私はこの鳥型の魔物に攫われているらしい。


「いやいやいやいや!」


 困る困る困る!

 あとたった一日というところで、こんなお別れの仕方ある!?


 私は必死に手を振り回して、鳥型魔物の足首にチョップを叩き込んだ。

 すると私の二の腕より一回りも太い鳥型魔物の足首が、まるで小枝のようにボキっと音を立てて折れた。


「ギュルルルルル!?」


 ビックリしたように私を離す鳥型魔物。

 そして私は凄まじい高さから落ちることになった。

 いつの間にか随分と高度を稼がれていたらしい。


 ひえっ……高い高い高い! 死ぬ……いや女神様の加護で死なないかもしれないけど死ぬほど怖い! ヒモなしスカイダイビング超怖い!


 ――バキボキバキバキバキッ!!


 私はそのまま、街道から少し外れた森の中に、勢いよく落ちた。

 木々の枝をへし折りながら落ちて、葉を巻き散らかし、それでも落下の勢いは止まりきらず、最後はズンッ、という鈍い音とともに地面へとめり込んだ。一気に腰ぐらいまで。


 ……ちょっと待って。もしかして私、体重増えた?

 いや、まさか……違うよね。あれだけの高さと勢いがあれば、これだけめり込むのも当然だよね。うんうん、私は平均体重、たぶん……と思いながら地面から這い出して、街道はどっちだと周囲を見回す。

 すると右のほうから、イレーナさんとエイリオくんの声が聞こえてきた。


「おーい、リシアちゃーん!」


「生きてるっすかー!?」


 声のするほうへ向かって歩くと、木々の向こう側からイレーナさんとエイリオくんが笑顔で駆け寄ってくる。


「リシアちゃん! よかった……けど結構、汚れてるね。ケガはない?」


「あ、はい……まったく」


「はぇ~……女神様の加護があるとは聞いてたっすけど、あの高さから落ちて傷ひとつないっていうのは、メチャクチャっすね。S級冒険者とかでも、さすがに傷ぐらいは負うんじゃないすか?」


 エイリオくんが驚いたように言う。

 確かに、普通の人間なら即死してもおかしくない高さだった。


「バカ、冒険者と聖女様を比べるなっての。女神様の加護だよ? そんなの当然……って、んなこと言ってる場合じゃないから!」


 イレーナさんの話によると、ガレンさんが今一時的に馬車を止めるよう説得しているものの、商隊の人が言うことを聞いてくれるかどうかはわからないらしい。


「リシアちゃん、走れる!?」


「はい、走れます!」


 イレーナさんを先頭に、三人で森の中を駆けていく。


 街道に出ると、少し先で馬車が止まってくれていた。

 ガレンさんが私の姿を見つけると、安堵の表情を浮かべる。


「おお……無事だったか!」


「はい、なんとか……」


 ガレンさんの後ろにいる御者の商人さんが、ギョッとした顔で驚く。

 私に女神様の加護があると知らないからだろう。


「シ……シスターのお嬢ちゃん、あの高さから落ちて生きてたんか……?」


「はい、女神様のご加護がありました」


 私がニッコリと笑って返すと、商人のおじさんは感心したように声を上げ、そのまま両手を組んで拝み始めた。


「ほぉー……こりゃ縁起が良い。あれだけデカいグリフ・ロードに狙われて、しかもあの高さから落ちて生きてるとは……」


「森の木々が勢いを弱める緩衝材になってくれました」


 嘘ではない。森の木々は間違いなくクッションになってくれた。

 まあ、それでも地面に身体が半分埋まるぐらいの衝撃はあったんだけど。


 あとあの大きな鳥、グリフ・ロードっていうんだ。知らなかった。

 足を折っちゃったのは可哀相な気もするけど……私も食べられそうになったから、お互い様だよね。

 今後は私たち、関わらないで生きていきましょう……グリフ・ロード。



 〇



 そんなこんなで、私たちは何とか商隊に戻ることができた。他の商人や別の馬車を護衛している冒険者の人たちも私が無事だったことを喜んでくれて、中には「もしかしたらお嬢ちゃん、今代の聖女様かもな」なんて言う冒険者の人もいた。


 ふふ……実は私、本当に今代の聖女なんですよ。

 すっごく名乗りづらいですけどね、『食』の聖女なので……。

 私もできれば、『創造』とか『知恵』の聖女って名乗りたかった。

 『力』とか『滅び』みたいな、すごく物騒な聖女よりは全然良いけどね、『食』でも。


 そして馬車が再び走り出してから数時間後。

 私たちは例の、帝国領だという次の村に辿り着いた。


 普通の村と同じく、魔物が入ってこないか見張る衛兵こそいるものの、特に私たち王国人が入っていっても何ら問題視することなく、いつも通りといった感じで商隊を通していた。建物や人も王国と全然変わらないし、まったく帝国っぽくない。私は帝国を見たことがないので、そもそも帝国っぽさを知らないという点はひとまず置いておく。


 商隊は予定通り短時間の滞在で取引を済ませ、すぐに出発するつもりらしい。私たちもここで長居をする予定はない……のだけれども。


「誰か! 誰か治癒聖術を使える司祭様はいませんか!?」


 中年の女性が商隊に向けて、大声で呼びかけている。

 ……うーん、これは私の出番かも。

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