第14話 唯一無二の
紫色のニャク玉を食べた後。
私は水筒代わりに持っていた革袋の水を飲み干し、その中におばあさんから買ったニャク玉をぎゅうぎゅうに詰めていった。
それから商隊に戻って、『黄金の風』パーティーの三人と馬車の荷台に乗ると、おもむろにエイリオくんが声をかけてくる。
「それで……リシアさん。さっきの、『整いました!』っていうのは、いったいどういう意味なんすか?」
それは純粋な疑問の発露だった。
曇りなき眼でこちらを見てくる彼に、私はいたたまれない気持ちになり、思わず目を伏せる。
「……あの、さっきの発言は、忘れてください」
なんか決め台詞みたいに言っちゃったけど、よくよく考えたら別に大して整ってないし、そもそも確かあの言葉って前世で他の人が多用してた気もするし、私が使わないほうがいいような気がしてきた。今さらだけど。
「え? それってどういう……」
「やめなよ。リシアちゃんが忘れてって言ってるんだから、深掘りするなって」
イレーナさんがエイリオくんを制止する。
彼女の優しい配慮が身に染みた。
「なんの話だ?」
「いやね、リシアちゃんがまた、神食品を出せそうな食べ物を見つけたんだってさ」
ガレンさんが会話に加わると、ちょうど商隊の馬車が動き出した。
村の風景が徐々に遠ざかっていく。
「ほう……何があったんだ?」
ガレンさんが興味深そうに眉を上げる。
「ニャク玉って言ってね。ゼリーみたいだけど、ゼリーじゃないんだよ。ほら、食べてみて」
イレーナさんが革袋の口を開け、ガレンさんに向ける。彼はその中からニャク玉をひとつ取り出すと、紫色のそれを躊躇なく口に放り込んだ。そしてしばらく咀嚼してから、わずかに眉をひそめる。
「……まあ、なんというか、不思議な食べ物だな。あと、味が薄い」
「だよね。アタシもそう思う。正直、このままだとそんなに美味しくはないよね。でも、女神様の奇跡なら……」
そこでイレーナさんが私のほうへ視線を向ける。その動きにつられて、エイリオくんもガレンさんも自然とこちらへ目を向けた。
私は微笑みを浮かべ、小さく頷いてみせる。
「はい。ご期待に沿えるかと思います」
三人から一斉に歓声が上がった。
「おお、それは楽しみだな!」
「やったね! リシアちゃんが言うなら間違いない!」
「早く食べたいっす!」
私は笑顔で頷くと、革袋からニャク玉を何個か取り出し、手の平に乗せた。
そして静かに目を閉じ、スキルを発動させる。黄金の眩い光がニャク玉を包み込み、やがてそれが収まると、手の上には見覚えのある袋に入った食品が現れていた。
「リシアちゃん、それは……」
「これは、『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』です」
私は食品店のおばあさんの説明や、実際に食べた食感と味から、ニャク玉は前世でいう『コンニャク』だと当たりをつけていた。そして紫色のコンニャクといえば、やはりこの食品が思い浮かんだのだ。
「コンニャクという植物から作られた食品で、低カロリーでありながら満腹感を得られる優れた食べ物です。そして『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』は爽やかな葡萄の味付けがされているので、食間や食後のデザートとして楽しめるんですよ。食物繊維が豊富で、ダイエットにも最適……と、これ以上の説明は野暮ですね。まずは頂きましょう」
私は袋を開け、ハート形のプラスチック容器に入った『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』を三個ずつ、三人にそれぞれ手渡した。
「蓋を開けたら、容器の底を指で潰して押し出すんです。美味しいからって急いで飲み込まないでくださいね。喉に詰まりますから、よく噛んで食べてください」
「了解っす! ……って、うまぁ! さっきのニャク玉と全然違うっすね! 甘くて美味しくて、もちもちしてて……なんか楽しいっす!」
エイリオくんがさっそく一個食べて、即座に声を上げる。
隣ではイレーナさんも、目を輝かせながら頷いていた。
「本当、すごいよこれ……元のニャク玉とは味も食感も全然違う! 元のニャク玉は申し訳程度に甘い風味があった程度だけど、これはちゃんと甘い葡萄みたいな味がする……しかも甘いのにサッパリしてて、ゼリーみたいなのにしっかり食べた感があって……確かにこれは小腹が空いたときに最適だね! この食感、癖になりそう!」
感激するイレーナさんの横で、ガレンさんは相変わらず黙々と、ゆっくり味わうように食べていた。
しかしその、とろけるような表情と二個目の『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』を食べている最中に漏れた「美味い……」という呟きからして、相当気に入ったのであろうことが伝わってくる。
私もひとつ手に取り、ハート形のプラスチック容器を指で挟みながら、ぐっと中身を押し出す。ぷるんと紫色に輝く綺麗なそれを口に含み、懐かしい味を噛み締める。
「あぁ……やはりこの味、この食感……控えめに言って最高です。爽やかで後を引く葡萄風味の甘さ、『蒟蒻畑』最大の特徴である唯一無二のむちもち食感。グミでもない、単なるゼリーでもない、まさに『蒟蒻畑』としか言いようがない味わいと食べ応え。しかも低カロリーでありながら満足感を与えてくれる、ダイエットの強い味方。それでいて素晴らしく美味しいのですから、これはもうスイーツ界の奇跡と言っても過言ではありませんね……」
ふと三人を見ると、すでに『蒟蒻畑』を三個とも食べ終わって、こちらをじっと見ていた。私は苦笑しながら、新たに『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』を召喚し、再び三個ずつ手渡す。
三人は口々にお礼を言いながら、おかわりの『蒟蒻畑』を食べ始めた。みんなの嬉しそうな笑顔に、私も自然とニッコリしてしまう。
このままだと保存が利かないので、私は革袋の中に詰め込んだニャク玉を次々と『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』に変えていく。ニャク玉はたくさん買ったので、スキルで召喚できる『蒟蒻畑』も多い。当分の間は持ちそうだ。みんなで食べ過ぎなければの話だけど。
もちろん『蒟蒻畑』はダイエットに最適だし、低カロリーだ。しかし、だからといって食べ過ぎて良いというわけではない。『じゃがビー』のときもそうだったけど、お菓子はあくまで嗜好品。過ぎたるは猶及ばざるが如しなのである。
まあ、それはお菓子に限らず主食もなんだけどね。『蒟蒻畑』は食物繊維が豊富だから少し特殊だけど、特定の食べ物ばっかり食べてしまうとPFCバランスが容易に崩れてしまうから、気をつけないといけない。
ちなみにPFCバランスとは、食事における三大栄養素――タンパク質(Protein)、脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)の頭文字を取った言葉で、それぞれの栄養素が総エネルギーに対してどれくらいの割合を占めるかを示した比率のことだ。
この三つの栄養素を、適切な割合で摂るのが理想的と前世では言われていた。たしかタンパク質20%、脂質20%、炭水化物60%ぐらいが目安……だったはず。体質は人それぞれだから最適な割合は人によって前後するらしいけど、私は2・2・6が覚えやすかったから、それで意識してた。
そんなことを考えながらスキルを使っていると、パンパンだった革袋が空になった。どうやらニャク玉をすべて『マンナンライフ 蒟蒻畑 ぶどう味』にすることができたようだ。
さて、今度はどうやって三人が食べ過ぎないよう説得しようかと、顔を上げる。すると三人はすでに渡した『蒟蒻畑』を食べ終わり、なぜか私を見ながら微苦笑していた。
「そんな悩ましそうな顔しなくても大丈夫だって。言われなくてもわかってるから」
「お菓子は『もっと食べたい』って気持ちを残しておくのが大事、っすよね?」
「保存が利かないのであれば、話は別だが……これは明らかにある程度の期間、保存ができる容器に見える。焦る必要もない」
「皆さん……」
伝えようとする前からこちらの言いたいことを察して、しかも尊重してくれるなんて……私は三人の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとうございます、皆さん……わかってもらえて、嬉しいです」
私が素直にお礼を言うと、三人はそれぞれ照れたような笑顔を浮かべた。
なんだか微笑ましい。
「でもー、とはいえ、やっぱり夕食が待ち遠しいよね」
イレーナさんがそう言うと、エイリオくんが勢いよく頷く。
「ホントそれな! リシアさん、オレ村でいろんな種類の食材買って来たんすよ! リシアさんの力で神食品にしてもらおうと思って!」
「エイリオ、あまり期待しすぎるなよ。現状だと神食品にできる食材はむしろ少ないという話だ。……とはいえ、俺もいろいろと買ってしまったんだが」
ガレンさんはエイリオくんを窘めつつも、ほんの少し期待をにじませた声で言う。
「ふふ……みんな考えることは一緒ですね。私もさっきの村でニャク玉以外にも食材を買いましたので、夕食までの間に神食品が召喚できるか試してみようと思ってます」
そう言った瞬間、三人の顔がぱっと明るくなった。
「やったね! リシアちゃんならそう言ってくれるって信じてたよ!」
「オレ、今度はガッツリ食べられる系がいいっす!」
「こらこら、今さっき期待しすぎるなと言っただろう」
三人の瞳が、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。
その様子に思わず笑ってしまう。
当初は早まった感が強かった『万物を食べ物に変えるスキル』だけど、ここまで喜ばれると、実はこの力が最適解だったんじゃないかとさえ思えてくる。少なくとも、私が下手な浅知恵でそれっぽい力を女神様からもらったとしても、今頃この人たちを笑顔にすることはできなかっただろう。
美味しいものは、やはり人を幸せにするのだ。
――なお、余談だが。
私は夕食まで、多数の食材にスキルを試してみたものの、神食品の召喚には成功しなかった。
それどころかその後、三週間にもわたって様々な食材にスキルを試しても、新たな神食品が召喚できないとは……この時の私は、知る由もなかったのである。