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第13話 厳選に厳選を重ねたリクエスト

 次の村に到着して、私は楽しみにしていたお昼ご飯タイムを迎えた。

 そして商隊や村の人たちには見えないよう、『黄金の風』パーティーの三人に隠してもらいながら、前の町で買っておいた小麦粉にスキルを使う。


 リースト村を旅立つ際、女神様にいくつかパン系の食品も購入をお願いしておいたので、何かしらにはなると思っていたのだ。あれから数日経った今なら、小麦粉にスキルを使えばパン系の神食品を召喚できるはず……そう期待していた。


 しかし私の予想に反して、スキルを使った小麦粉はこの世界では白パンと呼ばれている、例の硬いフランスパンのようなものになった。どうやらパン系の食品は女神様の購入がまだ追いついていないらしい。


 もしかして私が旅立ちのとき欲張って、あれもこれもとリクエストしまくったのが原因だろうか。厳選に厳選を重ねて、一応リクエストは千に絞ったんだけど、ちょっとだけ数が多かったのかもしれない。九百ぐらいにしておけば良かったかも。非常に残念だ。


 馬車の近くで、硬い白パンを大量に、モソモソと食べる。お腹を満たすことはできたものの、期待が外れて私は気落ちしてしまった。


「ハァ…………」


「リシアさん、大丈夫っすか?」


 エイリオくんが心配そうに声をかけてくる。

 食事を終えたイレーナさんとガレンさんも、私を慰めるように集まってきた。


「元気出しなよ。そりゃアタシも、神食品ってのが出なかったのは残念だったけどさ。でもこの白パンも普通に美味しいじゃん。ね、ガレンさん」


「ああ。俺たちの故郷ではそれこそナイフの刃さえ通らない、石のように硬い黒パンが主食だったからな。スープなどでふやかして、なんとか食べていたが……お世辞にも美味いと言えるものではなかった。それに比べればこの白パンは十分に柔らかいし、美味い。贅沢品と言えるだろう。王都やその周辺では一般市民でも食べられるほど流通しているらしいが、ここはまだ遠いしな」


「皆さん……」


 そういえばリースト村でも白パンはたまにしか食べられなくて、普段はもっと硬くて素朴な味の茶色いパンや、例の玄米的なお米を調理して食べるのが普通だった。いつの間にか私は現代日本の神食品と比較して、贅沢の基準値を上げてしまっていたらしい。


「そうですよね……確かに、白パンは贅沢品でした。不満を言っては罰が当たります」


 不満を口に出していたわけではないが、態度に出したら同じことだ。

 この世界の白パンも、一生懸命作ってくれたパン屋さんがいる。

 感謝して頂かなければ。


 ……あれ? でも私のスキルで素材を媒体に出てきた白パンは、どうなるんだろう?

 神食品は女神様が『買った』って言ってたけど、兄さんに初めてスキルを見せたときに出来上がった長い白パンとかは、普通に売ってるようなものじゃなかった気がする。

 ってことは、もしかするとこの世界の食品と、神食品が出るときは過程が違うのかもしれない。


 もしスキルで作った白パンの製造者が私、もしくは女神様だったとしても、感謝して頂かなければいけないことには変わりないけどね。

 忘れがちだけど、毎日ごはんが食べられること自体に感謝しなければ。

 この世界には今日の食事にも困っている人が大勢いるんだから。


「人というものは、業が深い生き物ですね……」


「リシアさん、なんの話っすかそれ? ……ん? おい姉貴、どこ行くんだよ。この村は昼休憩だけで、すぐ出発するって言ってただろ」 


 さり気なくこの場から離れようとしていたイレーナさんに、エイリオくんが声をかける。


「え? あー……ちょっとね」


「あ、わかった。まだ食べ足りないんだろ。姉貴、最近は食べる量ちょっと減らしてるもんな」


「うるさいなぁ……違うから」


 そう言うと、イレーナさんは村の中心へ向かって歩いていった。


 イレーナさんが、食べる量を減らしている……?

 全然太っているようには見えないのに、不思議だ。


「なぜ、イレーナさんは食べる量を減らしているのですか?」


「なんか戦うときに動きが鈍くなるらしいっすよ。姉貴のメイン武器は弓矢だから、そんな気にする必要ないと思うんすけどね。前衛はオレとかガレンさんがやりますし」


 太ってるとか太ってないとか、そんな平和な話じゃなかった。恥ずかしい。

 でも確かに、少しのミスが致命傷になるほど命懸けで魔物と戦っているのだから、そういったことを気にするのも頷ける。


「姉貴、今日は何を買いに行ったのかな。オレ、ちょっと見てきますね」


「え? でもイレーナさんはさっき、食べ足りないという話に『違うから』と言ってましたよね?」


「いやいや、あの感じは絶対に買い食いっすよ。だってこういうの、一度や二度じゃないっすもん。なんなら一緒に見てみます?」


 エイリオくんはそう言いながら、私についてくるよう手招きした。


 う、うーん……後をつけるようで気が進まないけど、でもイレーナさんが買い食いをしているとしたら、何を食べているのかはすごく気になる。


 結局、私は自分の好奇心に逆らえず、エイリオくんと一緒にイレーナさんが向かった村の中心へと歩を進めた。


 しばらくすると、小さな食品店の前でイレーナさんの姿を発見した。

 立ち話をしながら、お店のおばあさんから何かを受け取っている。


「ほら、やっぱりオレの言ったとおりじゃん」


 エイリオくんが得意げに言うと、イレーナさんがこちらを振り返った。


「げ、エイリオ……リシアちゃんまで」


「すみません、どうしてもイレーナさんが何を買っているのか気になってしまって」


「いや、まあ、その……そんな隠すようなものでも、ないんだけどさ……」


 イレーナさんは少し恥ずかしそうな表情で目を伏せながら、手に持った革袋を少し開けて見せてくれた。中には小さな紫色のゼリーのような、丸い物体がたくさん入っている。


「あ、でも、そんな食べ足りないと思ってるわけじゃなくてね。これは小腹が空いたとき用のお菓子……そう、お菓子枠だから!」


「へー、お菓子なんだ?」


 エイリオくんは袋を覗き込みながら言うと、中からピンポン玉サイズのそれをひとつ摘まんで、口に運んだ。そして少し咀嚼してから、微妙な表情を浮かべる。


「ん……? 少し甘いけど、味が薄いな。それになんか……なんだろ。今まで食べたことない食感だ。これ、ゼリーじゃないの?」


「や、アタシもゼリーかなと思って買ったんだけど、そうじゃないみたい。ニャク玉っていうらしいよ。……っていうか、バカ、ここで味が薄いとか言うんじゃないよ」


 イレーナさんがエイリオくんの脇を小突きながら、小声で注意する。

 すぐ近くにいる食品店のおばあさんを気にしているみたいだ。

 おばあさんはそれを察したのか、手を左右に振りながら笑った。


「気にせんでええよ。それは味が薄いもんじゃから。その代わり他の食べ物と比べて、身体が軽くなると評判での。腹持ちも良いし、最近は隣町の貴族なんかも、わざわざ使いを寄こして買いに来るぐらい人気なんじゃよ。きっと、食べ過ぎで身動きが取れなくなってるんじゃないかねぇ」


 おばあさんはそう言って、ふぇっふぇっふぇ、と愉快そうに笑った。

 話を聞いたエイリオくんがイレーナさんに向き直る。

 

「あー、そういうことか。やっぱ姉貴、体重気にしてるんじゃん。弓矢なんだからそんな気にしなくていいのに」


「たまに短剣も使うから気になるんだよ。っていうか、弓矢だって動き鈍ったら普通に困るし」


 イレーナさんは口をとがらせて言い返した。


「でもグリードウルフをやっつけたときのイレーナさんの動き、すっごく速かったですよ。目にも留まらぬ早業ってこういうことを言うんだなって、私、感動しましたもん」


 私が素直にそう伝えると、イレーナさんは思いがけなかったというように目を丸くした。それから頬をほんのり赤く染めると、恥ずかしそうに照れながら笑う。


「え……えー? そ、そうかなぁ……? あはは……なんか照れるね。あ、これ、リシアちゃんも食べる?」


 イレーナさんが革袋の口を開けて、紫色のニャク玉を差し出してくる。

 実はさっきから気になっていたので、とっても嬉しい。


「ありがとうございます。いただきますね」


 私は革袋の中に指を入れて、ぷるんとしたニャク玉をひとつ摘み上げた。指先に柔らかく冷たい感触が伝わる。そして紫色のそれを落とさないよう、ゆっくりと口に入れ、噛んだ。――次の瞬間。


 ピーン! ときた。


 頭の中で何かが閃いた。この食感、この味、この色合い、そして店主のおばあさんの説明……すべてが、ひとつの答えに向かって収束していく。

 私の様子に何かを察したのか、イレーナさんとエイリオくんが身を乗り出してきた。


「リシアちゃん、もしかして……」


「今度こそ……っすか?」


「――はい」


 胸いっぱいに空気を吸い込んで、私は二人を見据える。

 これなら、あの神食品を召喚できる……そんな『予感』が、この舌に残っていた。


「整いました!」

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