第12話 一線を画す
黄金色の光が消えたとき、私の両手の上にあったものは――
『カルビー Jagabee うすしお味』だった。
手のひらにすっぽり収まるくらいの、コンパクトな箱。
見た目は優しい黄緑系の色がベースで、描かれたポテトのイラストとともに『Jagabee』のロゴが印刷されている、シンプルかつ洗練されたデザインだ。
中にはジャガイモを棒状にカットした、まるで本物のフライドポテトを彷彿とさせるジャガイモスティックが入っている。
スナック菓子なのでもちろんフライドポテトみたいな水分はないんだけど、『じゃがビー』独自の食感が不思議と本物みたいに感じさせる、他のポテト系スナックとは一線を画す最高に美味しいお菓子だ。
「な、なんだ? 今の光は……」
初めて私のスキルを見たガレンさんが、目を見開いて動きを止めている。
一方、二度目のイレーナさんとエイリオくんは慣れたものなのか、期待に満ちた瞳でこちらをじっと見つめていた。
私はくすりと微笑み、『カルビー Jagabee うすしお味』の箱を開けていく。
中には個別包装された五袋の『じゃがビー』が、綺麗に並んでいた。
「まずは一袋ずつ、どうぞ」
私は三人にそれぞれ一袋ずつ渡し、自分も一袋を手に取る。
袋を開けると、ふわっとポテトの香りが鼻をくすぐった。たまらず、スティック状のポテトを指でつまみ上げ、そのまま口に運ぶ。
「あぁっ……! やはり、『じゃがビー』は素晴らしいです……サクサクとした軽やかさがありながら、中は他のスナック菓子にはない独特のホクホク感。芋の食感と味がしっかりと感じられます。しかも塩加減が絶妙で、芋の旨味を引き立てている……」
「えっ……なにこれ、本当に芋!? アタシこんな芋、今まで食べたことないよ! 美味しい……美味しすぎる!」
「これも、うまっ! 止まらないっす!!」
イレーナさんとエイリオくんがそれぞれ驚きつつも、手は止めずに食べ続けている。その横で、ガレンさんは黙々と食べ続けていた。感想を言う間も惜しいと言わんばかりの勢いだ。
そしてあっという間に全員が食べ終わり、私の手元にある最後の一袋を見つめる。
「ねえ、これも……みんなで分けない?」
イレーナさんが少し顔を赤らめながら、恥ずかしそうに言う。
箱の中に残った一袋は小さく、本来ならば分けるほどの量ではないからだろう。
でも、ここにいるみんなの気持ちはひとつだった。
「なに恥ずかしがってるんだよ姉貴! 分けるに決まってるだろ!」
「そうだな。分け合う以外には考えられん」
「ええ。みんなで食べるのが一番、美味しいですから」
私たちは残った『じゃがビー』をできる限り均等に分けて食べた。
なんだか、より一層みんなとの距離が縮まった気がする。『じゃがビー』の小袋を分けることなんて普通ないからね、量的に。傍から見るとすごくシュールなんだけど。
そして、みんなが食べ終わり、空になった箱や袋が光の粒子となって消えていった後。イレーナさんがぽつりと、呟くように言った。
「ねぇ……一袋と少しだと、ちょっと……いや、かなり量が少なくない? もっと食べたいな、って思うんだけど……」
私はイレーナさんの言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
「ふふ……」
「な、なんだよぉ……アタシだけじゃなくて、みんなそう思ってるんじゃないの? こんなに美味しいんだから」
「それはそうでしょ。姉貴が言わなかったらオレが言ってたよ」
「ふむ……まあ、そうだな。俺も同じことを思っていた」
エイリオくんとガレンさんが口々に同意する。
みんなの話はよくわかる。私も初めて『じゃがビー』を食べたときは、まったく同じことを思った。
個別包装ですごく食べやすいのは良いんだけど……これ一袋が少なくない?
もっといっぱい、たくさん、満足するまで食べたいんだけど……って。
もちろん『じゃがビー』に魅了された私はその後、大容量サイズを買った。それも三袋ぐらい一度に買った。そして心行くまで……具体的には大容量サイズを二袋ぐらい食べて、思ったのだ。
もしかしたら『じゃがビー』は、あの個別包装された小さい一袋が最適解なのかもしれない、と。
当然ながら大容量サイズは最高だし、いっぱい『じゃがビー』を食べたい人にとっては『あのサイズじゃないと』って思う人もいるだろう。それは否定しない。
ただ、心行くまで『じゃがビー』を食べて、私は思ったのだ。
お菓子って……ちょっとだけ食べるのが一番、最高に美味しいのかもしれない、と。
少しなのが良い。少しだから良い。
『じゃがビー』は私に、お菓子の本質的な在り方、楽しみ方を深く考えさせてくれた……思い出深いお菓子なのだ。
私はそんな懐かしい記憶を思い出しながら、イレーナさんに微笑んだ。
「皆さんの気持ちは、とてもよくわかります。『じゃがビー』は一袋が少ないですからね。でも……」
遠くを見つめながら、高くなってきた日の光に目を細める。
「一度食べたら、もっと食べたくなるのが『じゃがビー』の魅力でもあるんです。その『もっと食べたい』という気持ちを残しておくことで、次に食べたときの喜びが何倍にもなるんですよ」
そして静寂が訪れた。
馬車が街道を行く音や、鳥の鳴き声がやけに大きく響いて聞こえる。
しばらくして、『この人、何を言ってるんだろう?』的な空気が流れたような気がしたけど、たぶん気のせいだったのだろう、エイリオくんが感心したように頷く。
「なるほど……深いっすね」
「アンタ、本当にそう思ってんの?」
イレーナさんが横からツッコミを入れる。
ガレンさんはその隣で腕を組みながら、ふっと小さく笑っていた。
「いずれにせよ、間食は終わりだな。次の村が見えてきた」
「ええ、そうですね」
ガレンさんの言葉に、イレーナさんとエイリオくんも顔を上げる。
森を抜けた先には、小さな屋根がぽつぽつと見え始めていた。
そう……いずれにせよ、間食は終わり。
もうすぐ、お昼ごはんの時間なのだから!