第11話 みんなで食べるのが一番、幸せ
「まずケガを治してくれて、ありがとうございます! そしてすんません! オレの言い方が悪かったせいで、なんかオレが死ぬみたいに思わせちゃったみたいなんすけど、それ誤解っす!」
「え……え? どういうことですか?」
私が混乱していると、気まずそうにイレーナさんが口を開いた。
「ごめん、たぶんアタシの言い方が一番まぎらわしかったよね。あのとき『最悪の場合を考えてるだけ』って言ったのは、エイリオが死ぬって話じゃなくて、エイリオが冒険者として戦えなくなるってことだったんだ。ね、ガレンさん」
「ああ。俺たちのような魔力持ちが、あれぐらいの傷で死ぬことはそうない。だが後遺症は別だ。治癒聖術使いが次の街にいないということは、すぐに治療ができず、後遺症が残る可能性が高まることを意味する。……俺たちにとっては相当に深刻な状況だったせいか、キミの誤解に気がつくことができなかった。すまない……だが」
そこでガレンさんは一息つき、表情を和らげて私を見る。
「エイリオはこう見えて、繊細だからな。冒険の末ならまだしも、こんな序盤で冒険者を引退するとなったら、自暴自棄になって今後何を仕出かしてもおかしくはなかった。だからエイリオのケガを治してくれたことは本当に……助かった。感謝している」
「ちょ……ガレンさん! オレそこまで繊細……っていうか、弱くないっすよ!」
「は、どうだかな」
どうやら話を総合すると。ガレンさんとイレーナさんは、エイリオくんが死なないとは思っていたものの、将来については本気で頭を悩ませていたらしい。
その様子を見て、私が勝手に『エイリオくんが死にかけてる!』と勘違いして暴走していた……ようだ。
「そうだったんですね……」
三人とも謝ってくれたけど、こちらが勝手にいろいろと勘違いしていただけなので、私としては何も問題はない。なんなら治癒聖術の力を獲得できた分、今後のことを考えると逆に良かったまである。
むしろ気を遣わせて、こちらこそごめんなさいという感じなんだけど……ひとつ懸念があるとすれば、女神様だ。
……女神様、もしかして今見てたりする?
勘違いで治癒聖術の力を請求されて、怒ってたりするかな?
恐る恐る空を見上げる。
しかし、女神様の声が聞こえてくることはなかった。
どうやら今はお休み中なのか、私を見てはいないらしい。セーフ!
「では、改めて……ガレンさんも、どうぞ。美味しいですよ」
私は手に持っていた、『なとりのビーフジャーキー』をガレンさんに差し出す。ちょうどガレンさんにお裾分けをしようとしたときにさっきの話が始まったから、差し出すタイミングをずっと見計らっていたのだ。
問題が解決した今、私の頭はもう『食』一色である。早くお裾分けして、自分も食べたい。
「あ、ああ……ありがとう。では、頂こう」
ガレンさんがビーフジャーキーを一枚手に取り、口に運んで咀嚼する。
すると、その表情がみるみる驚きに変わっていく。
「っ……!? こ、これは……!」
そのまま無言でバクバクと食べ続けるガレンさん。よほど美味しかったようだ。
それを見たイレーナさんとエイリオくんが、そわそわと身を乗り出し始める。
「ね、ねぇ……アタシも、もう一枚いいかな?」
「オレも食べたいっす!」
「もちろん、いいですよ」
この『なとりのビーフジャーキー』は『お徳用BIGパック』だ。何枚か食べたくらいじゃなくならない。
そんな中、ガレンさんが一枚目のビーフジャーキーを食べ終わる。まるで最後の一口を惜しむように、ゆっくりと咀嚼していたが、やがて悲しそうな表情を浮かべた。
その切ない顔を見て、思わず私も悲しくなってしまう。
そして気がつけば私は、再び『なとりのビーフジャーキー』を差し出していた。
「……もう一枚、いかがですか?」
「っ! い、いいのか……?」
「ええ。女神様の奇跡は、万人に分け与えられるべきものですから」
ガレンさんは感激したような表情で、再び手を伸ばしてビーフジャーキーを受け取る。そして今度は、より味わうように食べ始めた。
そんなガレンさんを見たイレーナさんとエイリオくんが、再びそわそわと身を乗り出し始める。
そのとき私は悟った。これ……もう私、食べられないわ。
「あの……残りは、皆さんでどうぞ」
「え!? いいんすか!?」
「もちろんです。元はエイリオくんの干し肉ですし」
そうなのだ。元々、この『なとりのビーフジャーキー』はエイリオくんの干し肉を素材に召喚したもの。であるならば、これだけ三人が食べたそうにしている中で私が欲張るわけにはいかない。
歴代の聖女様と違って色物な気がするけど、私だって一応聖女なのだから。
「でもリシアちゃん、お腹減ってたんじゃ……」
「あっ……そ、そうっすよ! だからオレがリシアさんに干し肉あげたんですし!」
「私も先ほど頂きましたし、大丈夫なのですが……」
そう言いつつ、喉がごくりと鳴る音が、自分でもはっきり聞こえた。
ち、違う……これは気のせいだ。いや、気のせいということにしたい。
……でも、みんなに気を遣わせてしまうのは、やっぱり聖女としてよくないかな? よくないよね? ……うん、やっぱりよくない!
「……であれば、私も一緒に頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんっすよ!」
「当然だね。みんなで食べようよ」
「ああ、異論はない」
こうして『なとりのビーフジャーキー』は、改めて全員の手へと渡ることになった。
四人で輪になって、それぞれ一枚ずつ手に取り、口に運ぶ。
噛めば噛むほど、じわっと広がる旨味と香ばしさ。しっかりした歯ごたえなのに、柔らかくほぐれる絶妙な食感。自然と、みんな笑顔になる。
あぁ、やっぱり美味しいものは、みんなで食べるのが一番、幸せだ。
ただし、いくら『お徳用BIGパック』とはいえ、四人で夢中になって食べていれば終わりはあっという間に訪れる。
ビーフジャーキーがなくなると、袋、プラスチックのトレイ、最後に残った乾燥剤が光の粒子となって宙に溶けていった。
驚きの声を上げる三人に、奇跡の食品はそういうものだから問題ないと説明する。納得した三人は落ち着くと、すぐに残念そうな様子で次々とビーフジャーキー召喚の素材である干し肉について話し始めた。
「あっという間になくなっちゃったっすね……オレ、もっと干し肉買っておけばよかったっす……」
「干し肉かぁ……アタシも買えばよかったな。ガレンさんも干し肉はないよね?」
「ああ。干し肉は高いからな。芋ならあるが……」
芋という単語を聞いて、ピーンときた。
もしかすると……これは、もしかするかもしれない。
そんな私の表情を見て何をしようとしているのか悟ったのか、エイリオくんが目を輝かせてガレンさんに向き直る。
「ガレンさん! 芋、持ってきてほしいっす!」
「ん? なぜだ?」
「すごいものが見れるっすから! ね、リシアさん!」
エイリオくんがニカッと笑ってこちらを見てくる。無邪気な子供みたいな笑顔だ。新たな神食品を期待しているのは明らかだった。
「ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが……ガレンさん、私からもお願いします」
「よくわからんが……わかった」
ガレンさんは自分の荷袋から、手のひら大のジャガイモに似た芋を持ってきた。この世界で芋といえばこれだ。私もリースト村を発つ前、この芋にスキルを使ってみたのだが、その時点ではまだ前世日本の神食品は召喚できなかった。
でもそれだけで諦める私じゃない。
あのとき私は女神様に『準備』をお願いしていた。
女神様からの返事はなかったけど、もし仮に彼女が準備をしてくれているとしたら……今度こそ、この芋を素材にして前世日本の神食品を召喚できるかもしれない。『なとりのビーフジャーキー』のときと同じく、そんな『予感』がするのだ。
「この芋、頂いてもよろしいでしょうか?」
「それは構わないが……何も調理していない、皮つきの状態だぞ?」
「問題ありません」
私は芋を両手の上に乗せ、深く息を吸い込んだ。
それから目を閉じて、意識を集中させる。
すると私の両手にある芋が、黄金色の光に包まれていく。
光は粒子となって宙へ溶け、柔らかな霧のように漂いながら、新たな姿をゆっくりと――だが確かに、形作り始めた。