第10話 常識外の治癒聖術
女神様に治癒聖術を授けてほしいと必死に訴えた次の瞬間、私の身体が光り輝き始めた。
『今回だけだからね。次はないから』
空から差し込んでいた柔らかな光が、ゆっくりと薄れていく。
それと合わせるように、女神様の気配も消えていった。
私の身体を包んでいた光もすっと消え、同時に胸の奥底から新しい力が湧き上がってくるのを感じる。間違いない。これが治癒聖術の力だ。
「女神様、ありがとうございます!」
お礼を言ってからすぐ、私はエイリオくんの右腕に両手をかざした。
かざしたはいいけど……治癒聖術ってどうやって使えばいいんだろう?
必死に考え、意識を先ほど感じた新しい力に集中する。
すると自然に手のひらから、柔らかな光が溢れ出してきた。
その光がエイリオくんの右腕を包み込み、みるみるうちに大きく裂けた傷が塞がっていく……ように感じる。実際は先ほど応急処置で巻いた布があるので傷口は見えないんだけど、なぜか分かるのだ。
「え、今のって……あれ? 痛みが、消えた……?」
エイリオくんはハッと目を見開き、右腕の布を外した。
そこには服の生地こそ裂かれているものの、傷跡ひとつない、綺麗な二の腕があった。
「傷が……完全に、治ってる……!?」
エイリオくんが起き上がって、自分の右腕を改めて見つめる。
それをイレーナさんとガレンさんが、呆然とした様子で眺めていた。
「リシアちゃん、今の光はまさか……」
「信じられん……治癒聖術は魔力持ち以外、使えないはず……」
この世界において治癒聖術は、魔力に依存するものだと考えられている。
そして女神様に力や加護をもらったときもそうだったけど、私は今までと変わらず魔力がないみたいだ。少なくとも私自身の感覚や、周囲の反応からして魔力持ちではない。
魔力持ちの人間は、魔力持ちとそうでない人間を見分けることができるらしいので、なおさら今の治癒聖術は普通あり得ないことなのだろう。どうやら私は女神様の力で、魔力に依存しない治癒聖術を使えるようになったらしい。
「えっと……リシアさんが女神様に祈ったから、治癒聖術の力をもらえた……ってことっすか……?」
「バカな。女神様に祈って治癒聖術の力が授けられるのであれば、誰もが治癒聖術使いになっている。それに彼女は先ほど、まるで女神様と対話しているようだった。しかも歴代の聖女様がどうの、と……」
「今って、力の聖女様が現れてからちょうど二千年ぐらいだよね……ってことはまさか、リシアちゃんって……」
三人がじっと私を見つめてくる。その目は半信半疑といった感じ。
……こうなったら仕方がない。否定しても逆に怪しいし、ここは正直に自分の事情を話して私が今代の聖女だと説明しよう。この三人は信頼できると思うから、特に問題ないはず。まだまだ本来の能力というか、スキルも使いたいし。
〇
「……というわけで、まずは王国で聖女としての認定をもらい、公式な使者として聖教国へ向かうべく、王都に向かっているのです」
私の事情説明を一通り聞いた『黄金の風』三人は、困惑したようにそれぞれ顔を見合わせた。
……うん、わかる。わかるよ。何に、どう困惑しているのかが。
「あー、リシア……いや、リシア様、と言ったほうが良いか」
「いえ、どうか今まで通り呼んでください。丁寧な言葉遣いも不要です。旅の最中はあまり公にはしない方針ですし、私もやりにくいですから。そもそもつい最近まで、片田舎のいち修道女でしたし」
「そうか……わかった。では、質問なんだが……」
ガレンさんは『黄金の風』を代表するように、その疑問を口にした。
「その……『食の聖女』って、なんだ?」
「女神様のもたらす奇跡の食物により、世界を平和へ導く聖女です」
私は胸を張って答えた。そういうことにしておこう。嘘は言っていない。
だって、前世日本の神食品は女神様の力で出てきてるんだから。
「……食で世界を、平和に?」
イレーナさんが首を傾げる。無理もない。
私も第三者から聞いたら『なに言ってんの?』って思う。
でもこうなってしまった以上、堂々と主張するしかない。
これが私の使命なのだと。
「はい。とびきり美味しいものをお腹いっぱい食べて幸せになれば、人と争う気持ちなど消えるはず。少なくとも、私はそう信じています」
私がそう言って微笑むと、エイリオくんが小さく「あ……」と声を漏らした。
「じゃあ……さっきの干し肉とか、あれも?」
「そうです。あれも女神様がもたらした奇跡の干し肉……『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』です」
「ナトリザ……なんて?」
「ふふ……『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』です。言いにくかったら『なとりのビーフジャーキー』でいいですよ」
私は笑いながら付け加えた。普通はそう言うと思うし。
そもそも前世で日本人の私はともかく、異世界人である彼らが毎回『なとり THEおつまみ 厚切ビーフジャーキー お徳用BIGパック』って言ってたら、さすがにシュールすぎて笑ってしまう。
「へぇ……そうなんすね! 道理で異常にうまいと思ったっす!」
「アンタ、異常にって言い方やめなよ……女神様の奇跡だよ? アタシもとんでもなく美味しいとは思ったけどさ」
イレーナさんがエイリオくんの頭を軽くはたく。
その横でガレンさんは顎に手を当て、深く唸っていた。
「うーむ……それにしても、食で世界を平和に、か……想像がつかんな」
「ガレンさんもさっきの干し肉食べればわかるっすよ! メッチャうまいっすから!」
エイリオくん、『なとりのビーフジャーキー』だよ。
まあ干し肉ではあるんだけど。
「ガレンさんも、どうぞ。美味しいですよ」
私は荷袋から、さっき退避させておいた『なとりのビーフジャーキー』を取り出してガレンさんに差し出す。
「いや、その前にエイリオのケガを治してくれたことへの礼と……何やら誤解させてしまったことを謝罪させてくれ」
「謝罪……ですか?」
ケガを治したお礼はわかるが、誤解させてしまったというのはどういうことだろう。不思議に思っていると、エイリオくんが両手を合わせて頭を下げてきた。