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第1話 奇跡の力

 新連載です。本日10話まで更新予定です。

 あらすじがプロローグを兼ねています。よろしくお願いいたします。

 教会の隣にある、小さな家の一室。

 机に向かって書類仕事をしていた兄さんに、私は意を決して話を切り出した。


「兄さん、私は女神様から天啓を得ました」


「……頭、大丈夫? もしかして、また熱が出てる?」


 予想通りの言葉が容赦なく返ってきた。


 ミルクティーブラウンの髪に同色の瞳を持つ優男――カイル・ロウベルは、過保護だけど優しく頼りがいがある、自慢の兄だ。

 そんな兄さんが、今はやや心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「失礼な。私は正気です」


 確かに女神様のことなど、今までまったく信じていなかった私が急に『天啓を得ました』なんて言ったのだから、頭が大丈夫か心配しても無理はない。


 何せ『女神は死んだ』という本が各国で大流行したのが千年前であり、最後に女神様から天啓を得たという聖女が現れたのは二千年も前の話なのだ。


 女神教の修道女(シスター)である私ですら、『まあもう死んだか、どっか行ったんじゃない?』と思っていたぐらいである。

 しかも兄さんは『女神なんて元からいない』派の人だから、なおさら私の頭が心配なのだろう。兄さんも女神教の司祭だから、バチ当たりなんだけど……私たち兄妹は割とシビアな人生を今まで歩んできたから、それも仕方がない。


「うーん……熱はない、みたいだね」


 気がつくと、兄さんが自分の額を私の額にくっつけて、体温を確かめていた。

 ビックリした。実の兄じゃなかったらビンタしてるぞアンタ。


 ……いや、前世の兄とか弟にされたら容赦なくビンタしてた気がするから、結局のところ血縁とか関係なく人によるのかも。カイル兄さんは清潔感があるから、そういうところ得してるよね。おでこ合わせて体温確かめるのはどうかと思うけど。


「熱はおかげさまで治りましたが、実はその熱でうなされているときに女神様とお話ししたのです」


「夢の中で?」


「はい。私も最初はただの夢かと思っていたのですが、聖女としての力を授かってしまいましたし、たまに起きている最中も女神様の声が聞こえてくるので、現実と認めざるを得なくなった……というのが正直なところです」


 そう話すと、兄さんは眉をひそめて難しそうな顔をした。

 私が高熱で寝込んだのは三日前だけど、その後遺症を心配しているのかもしれない。普通に考えたら幻聴なので、私も逆の立場だったらそう思う。


「リシア、その……女神様の声が聞こえる以外に、何か症状……じゃなくて、おかしなことはあるかい?」


「兄さん、私は熱で頭がおかしくなったわけではありません。とはいえ、このまま話しても信じてはもらえないでしょうから、まずは私が女神様からもらった『スキル』を見せましょう」


 私は修道服の内ポケットから、小さな麦の穂を一房そっと取り出した。

 兄さんはそれを見ながら、訝しげな表情で疑問を口にする。


「すきる……って、なんだい?」


「女神様からもらった特別な力です。聖書に出てくる力の聖女や、知恵の聖女、創造の聖女が行使した奇跡と同じものだと思っていただければ」


 女神教の聖書に『スキル』なんて単語は出てこないから、私が勝手にそう言ってるだけだけどね。


「それは……すごいな。それで、リシアは何の聖女になるのかな? 食いしん坊の聖女?」


「まったく信じていませんね……まあいいです。これを見てください」


 小さな麦の穂を前に出し、スキルを発動させるべく意識を集中する。

 そして念じた瞬間、手に持った麦の穂がふわりと眩い光に包まれた。

 兄さんが目を細めると同時に、光は形を変えていく。

 予想以上に大きくなりそうだったので、慌てて腕で抱える。


「…………………………え?」


 兄さんは限界まで目を見開き、口をポカーンと開けてこちらを見上げていた。

 それもそのはず。光が消えた後、私の腕にはドーンと、見上げるほど大きい白パンが抱えられていたからだ。


 長さは、ざっと1メートル。重さもそれなり。

 村では白パンと呼ばれているが、前世で言うところのフランスパンに似ており、表面がすごく硬いから、根元を持っても折れることはない。それどころか凶器にさえ使えそう。いや本当に。


 一応、柔らかくて美味しいパンをイメージしたつもりなんだけど……このスキルに慣れていないせいか、石みたいに硬くて、しかも大きい白パンが出来上がってしまった。でもスキルを得て初日に石から作ったパンよりは硬くないし、普通に美味しそうだから成功といえるだろう。


「これが、女神様から授かった奇跡の力……『万物を食べ物に変えるスキル』、です!」


 私はパンを抱えたまま、ドヤッと胸を張った。

 兄さんはというと、パンを見て、私を見て、またパンを見て……最終的には拍手し始めた。


「すごいな……! 驚いたよ。どうやったんだい? 新型の魔道具? いやでも、魔力が見えなかったな……リシアは魔力持ちじゃないから、魔術でもない。となると……」


「万物を食べ物に変えるスキルです」


 今さっきそう言ったでしょ。


「ごめん、本当にタネがわからない。降参するから教えてくれるかな?」


「だから万物を……いえ、わかりました」


 元から兄さんは『女神や聖女なんて、教会が人を支配するために作り上げた方便だ』なんて断言するような人だから、もっとこの能力を使ってタネも仕掛けもないところを見せないと納得しないだろう。


「次は兄さんが指定したものを食べ物に変えます」


「指定したもの? それって、なんでも良いのかな?」


「ええ、なんでも良いですよ。奇跡の力ですから。ただ、石はあまりオススメしません。このパンより硬くて、あまり美味しくないものが出来上がりましたから」


 そう言って、私は兄さんに長いパンを手渡した。

 兄さんはそれを両手で受け取ると、重さを確かめるようにゆっくり上下させたり、次いで不安げに鼻先を近づけて匂いをかいだりした。


「本物のパン……みたいだね。これ、特注品?」


「もう、兄さんは本当に疑り深いですね……強いて言うなら、女神様の特注品ですよ。ほら、早くなんでも良いから指定してください。どんなものでも食べ物に変えてみせますから」


 私の言葉に、兄さんは少し考えるような素振りを見せた後、長いパンを机の上にそっと置いて、こちらへと向き直った。


「わかった。じゃあ、ちょっと外に出ようか」


 兄さんはそう言って、私を横切り扉のほうへと向かう。


 扉を開けて外に出ると、初夏の風がふわりと髪を撫でていった。庭には兄さんが趣味で手入れをしている小さな植え込みがあり、よく見るとその隅に、細長くまっすぐ伸びた緑の植物が群生している。『ラギ』と呼ばれる、細い竹に似た多年草だ。


 兄さんは道具棚から小ぶりな鎌を取り出し、しゃがみ込んでその一本を根元から刈り取った。シャッと心地よい音がして、ラギの茎がすっと手の中に収まる。

 それを私のほうに差し出しながら、兄さんは口元に笑みを浮かべた。


「これ、食べ物にできるかい?」


「ラギ……ですか」


 ラギは丈夫でありながら柔軟性も持ち合わせているため、籠やバッグ、ペンなどの素材によく使われる。しかし食料として食べられてはいない。少なくともこの村では。調理次第で食べられる気はするけどね。


 私はラギを受け取り、その質感を確かめた。

 冷たくて、少しだけしなる。


「できないかな?」


「いえ、できます。よく見ていてください」


 とはいえ、ラギを食べ物にするのは初挑戦なので、実はちょっと不安だ。

 経験上、石からパンとかより、麦からパンとか、比較的近いものを食べ物にしたほうが良いものが出来上がったから、竹っぽい食べ物が良いかな?


 竹っぽい食べ物……なんだろう。今世では全然食べたことないな。

 ひとつ前世の記憶で、強く思い出に残ってるものがあるけど、でもあれは……と、考え事をしながらスキルを使ったのが原因だろうか。


 両手のひらに乗せたラギは、三日前にスキルを使い始めてから今まで見たことのない、黄金色の光に包まれていた。


 そして、その光がふっと消える。

 私はそっと手を見下ろし、思わず目を見開いた。


 冷たくて硬い質感。

 元の素材になったラギとは似ても似つかない形。


 手のひらに収まっていたのは、小さな瓶の容器だった。

 ラベルには懐かしい漢字と、ひらがなが印刷されている。

 日本人なら誰しも一度は目にして、たぶん食べたことがあるであろう、それ。


「こ、これって、まさか……」


 そう。

 奇跡の力で私が手にしていたのは――『桃屋の穂先メンマやわらぎお徳用』、だった。

「え、現代グルメってそういうこと……?」と思った方。

 そういうことです。基本的にあまりお料理はしません。

 現代の食品がそのまま出てくることがほとんどです。


 食品名は一部隠す、表現でぼかす、しっかりちゃんと出す、などで迷ったのですが、最終的にはしっかりちゃんと出した方がどう考えても面白いだろうと思ったので、出しました。

 調べたところ、食品名を出しても悪い事を書いていなければ問題ないようなので……問題ないよね?

 自分が好きな食品を出しているので、悪い事は元から書く気はないのですが、何かありましたら食品名や説明部分は柔軟に変更、調整いたします。


 また当然ですが、ステルスマーケティングではございません。

 強いて言うなら極めて個人的なただのオススメですので、あしからずご容赦ください。

 よろしくお願いいたします。

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