第6話『謹慎処分』
今は学年主任となった佐藤だが、昨年までは生徒指導主任を務めており、その厳しさを雅也は幾人もの先輩から聞いていた。無断アルバイトに限ったことではなく、いじめ問題など学年内でトラブルが起こるたびに学年集会を開いては長い説教をすることが恒例となっていた。賢哉と駿が生徒指導室に呼ばれ、無断アルバイトが発覚したことに伴う停学謹慎処分が決まったこの日も学年集会が急遽6時間目に開かれ、空き教室となっていた武道場に集まった1年生は、苦言の多い佐藤の説教を30分近く聞かされることになった。
佐藤の説教の中で賢哉や駿のことがふれられるたびに雅也は辛くなり、学年集会が終わるとやれやれとした気持ちで教室へと戻った。
「あの2人がいないと、こんなにも静かになるんだな」
雅也が教室に戻ると、隣に座っていた悠喜が空席となっている賢哉と駿の席を呟いた。
「そうだね……」
ぽっかりと穴があいたような気持ちで、雅也も賢哉と駿の席を見つめた。
その日の晩、雅也は早速様子が気になった賢哉に電話を掛けた。電話越しの賢哉は、いつも通り低音ながらも元気な声だった。
「ああ、別にへこんじゃいねえよ。休みがもらえて清々してるんだ。さっき、安代が来たんだよ。抜き打ちで、謹慎中に俺の様子見に来るんだって。暇な奴だよな。もっと他の仕事しろって話だよ」
「謹慎課題とっとと終わらせて、学校に来てよ」
賢哉に早く復帰してもらいたいのは、雅也の切実な願いであった。
「ゆっくり競艇実況見るよ」
呑気そうに答える賢哉の声を聞き、内心雅也は安心していた。
「まあ、次謹慎になったら、その時は学校辞めるかもしれないけどな」
「ちょ……ちょっと、変なこと言わないでよ。こんな時に」
雅也は慌てふためいて言葉が詰まらせながらも、声を荒げた。
「謹慎課題って、各教科あるんだよ。だから、これ終わらせようと思ったら、結構時間かかるかもな」
話を切り替えるように賢哉は言ったが、それでも雅也は少ししつこくなりつつも、念を押すように、
「学校辞めるなんて、冗談でもそんなこと言わないでよ」
「悪い悪い」
「とにかく、志田と一緒に待ってるからね」
学校に戻ってきてほしいという思いをしっかりと伝えなければ、今に賢哉は学校をやめる判断をするかもしれないと思った雅也は、引き留めるような気持ちであった。
翌朝雅也が登校すると、既に教室にいた寧々から、生徒指導室に来るように呼び出しがあったことを告げられた。賢哉や駿のことだろうと大方の察しがついた雅也は、鞄を机上に置くと、そのまま重い足を運んでいった。
決して良い話で呼ばれることはないと言われるほど、生徒指導室への呼び出しへのイメージは悪かった。雅也は1年2組の教室がある第二棟の3階から順番に階段を降り、1階の渡り廊下を通り、第三棟の1階の突き当りにある生徒指導室の前までやってきた。自分自身は何も悪いことをしたわけではないのに悪いことをした感覚になるほど、異様な緊張感と重々しい空気が、生徒指導室のドアの前からもひしひしと伝わってくる。
大きく深呼吸をすると、雅也はドアをノックして、生徒指導室へ入った。
「失礼します。1年2組の木内雅也です」
一番奥の席に座る男性教師が顔を見せた。生徒指導主任の有賀勇は、しっかり剃られた坊主頭と瞳の奥までも見据えるような細い釣り目という貫禄があった。体育の教科担任として最低限の接点がある雅也でも、未だに面と向かうとひるんでしまうほどである。
「おお木内。朝から呼び出して悪いな」
「いえ……」
有賀は腕を組んだまま、単刀直入に話を進めた。
「お前と同じクラスの門野賢哉と木本駿の無断バイトのことなんだけど、お前何か知ってるか?」
生徒が謹慎処分になると、その生徒と親交のある周囲の人間も事情聴取をされる話を以前から知っていただけに、自分にもとうとうその番が回ってきたのかと雅也は思った。賢哉と駿のバイトは、1学期から知っていたが、ここで正直に話せばどんなことになるか分からなかったため、雅也は知らぬ存ぜぬを貫き通そうと決めた。
「いや、全然知りませんでした。2人とは確かによく一緒にいますけど、学校外のことはほとんど話したことがなかったので」
「そっか。門野や木本以外で、他に無断バイトしているような情報、お前知ってるか? 2組のことなら、結構知り尽くしてるような気がするから」
「知り尽くしてるなんて、そんなこと……。さすがの僕でも、プライベートなことまでは把握してません」
1秒でも早く、この場から脱出したい気持ちだった雅也は、とにかく否定を続けた。
「分かった。門野や木本のことで何か知ってることがあったら教えてもらおうと思って呼び出したんだが、まあ知らないんなら仕方ない。戻って良いぞ」
「失礼しました」
一礼して生徒指導室を去っていくと、雅也はドッと疲れが出て思わず廊下の壁にもたれかかり、大きな溜息をついた。秋も深まり涼しくなっているにも関わらず、夏場のように体が熱くなり、額からの汗を雅也は慌ててハンカチで拭った。
1ヶ月半が経ち、12月に入ると朝夕めっきり冷える寒さになっていた。
白い息を吐きながら、雅也は早く室内に入ろうと駐輪場から昇降口までを小走りで移動した。靴を履き替えようとしていると、ちょうど寧々も登校してきた。
「あのさ、寒くないの、生足で。せめてタイツとか履いたら?」
雅也は、スカートから伸びる寧々の細長く白い生足を指さした。
「生足はJKの特権だよ。寒くても、これは死守する」
「風邪ひいたら、元も子もないでしょ」
「大丈夫。靴下の中にカイロ入れてるから」
自慢するように言う寧々から、雅也は靴下を見せられた。
「そんな小細工してまで、生足を死守する理由がどこにあるんだよ。濱口の足見るだけで、余計に寒くなってくるわ」
「あまり足ばっかり見ないでよ」
ムッと雅也は唇を尖らせて、
「別にお前の大根足なんて興味ないわ」
「うわ、そういうこと言っちゃうや」
呆れ顔で言う寧々に向かって、雅也は苦笑して、
「冗談だって。ただ、本当に風邪だけは気をつけなさいよ」
「本当木内って、二組のママだよね」
「ママ?」
雅也は怪訝に寧々を見た。
「女子たちで話してたの。木内は2組のお母さんだって」
「そりゃ、男子が33人もいればね、一人ぐらいそういう存在にならないと、2組だってまとまらないでしょ」
そのまま雅也は、寧々と談笑しながら階段を上り、1年2組の教室へ入った。すると、教室には謹慎処分を終えた賢哉と駿の姿があった。
「あれ!? 2人とも謹慎課題終わらせたの?」
飛びつくように、雅也は賢哉と駿のもとへ駆け寄った。
「今日から復帰だ」
「ただいま、うっちー」
この1ヶ月半、賢哉と駿がいないことで、雅也は悠喜と共に物足りなさを感じていた。それだけに、賢哉と駿の復帰は何より嬉しい事実であった。
「復帰するなら、昨日にでも連絡くれれば良いのに」
不貞腐れるように雅也が言うと、賢哉は笑い出して、
「お前のリアクションが見たかったんだよ。何の連絡もせずに、いきなり俺たちが復帰したら、どんな反応するかなと思って」
「期待通りの反応だったよ」
すると雅也の顔からも笑みが零れて、
「だって1ヶ月半もいなかったんだよ。そんな2人が、いきなりポッと教室にいたら、驚くわ嬉しいわで、感情の整理ができなくなるわ」
いつもの何気ない会話のやり取りが、この1年2組の教室でできていることが雅也にとっては幸せであった。
「もう謹慎処分になんてならないでよ。このままフェードアウトしたらどうしようかって、気になってたんだから。これからも2組で一緒に過ごしてくんだからね」
説得するかのように、雅也は賢哉と駿に告げた。駿が一瞬目をそらしたことに気づいた賢哉は、それが何を意味するか察していたが、雅也は駿の変化に気づいてなかった。
2学期の期末考査が11月下旬から12月上旬にかけて行われ、後は2学期が終わるのを待つだけだっただけに、賢哉や駿が復帰してから2学期終業式まではあっという間に時間が過ぎ、気がつけば年の瀬はすぐそこまで迫ってきていた。