第5話『学級代表代理』
1学期期末考査が終わった後も龍二が謹慎から復帰する様子はなく、雅也はクラス議員兼学級代表代理として、2組での生活を過ごしていた。女子学級代表の仕事が授業時の挨拶と宿題プリント等の配布で、男子学級代表の仕事は時間割表への記入と移動教室における教室の鍵の施錠、そして集会時の点呼及び報告であった。
期末考査が終わり、約3週間が経つと夏休みに入った。そして8月の上旬と下旬に、それぞれ1回ずつの出校日への登校を経て、9月1日には2学期が始まった。
9月と言ってもまだ猛暑は続き、駐輪場から昇降口までの道中では、セミの声が鳴り響いていた。
「おはよう、代理」
靴を履き替えていた雅也のもとに、寧々も登校してきた。
「だから、やめろてその言い方」
雅也はムッとした顔で寧々のほうを振り向いた。
「だって似合ってるんだもん」
「まだ謹慎解けてないのかな。先週の出校日も来てなかったけど、そろそろ来ても良いだろうに」
最初は不安だったものの、今となっては学級代表の仕事をすることに対しては何とも思っていなかった雅也だったが、それでもいつまでも龍二が謹慎から復帰しないことに少なくとも不満を抱いていた。
「まあ、いつ復帰しよが私には関係ないけど」
興味なさげに呟く寧々を見て、雅也はうんざりとした。入学式から1学期が終わるまでの約4ヶ月で、雅也は男子と女子の間に壁があることを、クラス内の空気で察していたのだ。
「本当に男子と女子の壁があるよね、このクラスって。もう2学期始まったんだから、仲良くやってよ」
「お、学級代表代理らしい言葉だね」
「だから、濱口……」
「まあ、あんたのほうが学級代表は向いてると思うけどね」
それだけ言うと寧々は先に教室に向かっていった。雅也は慌てて後を追いかけると、
「本当にそう思ってるの?」
「当たり前じゃん」
「勝手なことばっか言っちゃって……」
「でも、私はそう思ってるし、私以外の女子たちだって同じ考えだよ。男子と女子の壁が少なくともなくなりつつあるのは、木内のおかげだとも思ってるし」
このまま代理を続ければクラスの雰囲気が上手くいき、龍二が復帰をすればまた男子と女子に異様な距離感が出来てしまうことを考えると、雅也にとっては複雑な心境であった。
謹慎処分から龍二が復帰したのは、2学期が始まって1週間が経過してからだった。しかし学級代表の代理を務めてくれた礼の一つもなく、何事もなかったかのように学校生活を再開している龍二に対して、内心雅也は腹を立てていた。
また、龍二が復帰してしばらくすると、駿が学校を休みがちになっていた。同じ中学校で基本的に登下校が一緒だった賢哉だったら何か知っているかもしれないと思った雅也は、授業後誰もいなくなった教室で思い切って賢哉に尋ねてみた。
「あいつ、クラスの雰囲気に馴染みにくくなってるんだ」
何か言いにくそうな物言いで呟いた賢哉に、雅也は勢いよく前のめりになった。
「それ、どういうこと? だって、俺やかどけんとかと普通に話してるじゃん」
「お前は平和主義だから、変な話は耳に入ってないかもしれないけど、きのしゅんのことを悪く言うやつがいるんだよ」
賢哉の話によると、駿はSNSで『芸能人になりたい』と投稿をしたのだが、それをネタに龍二やその周囲の取り巻きがバカにし、それが駿本人の耳に入ったというのだ。
「俺、前に聞いちゃったんだよ。あんな奴がオーディションに受かるわけがない、芸能人になんてなれるわけがないって、裏で陰口叩いてたこと」
重々しく話す賢哉を見ながら、雅也は謹慎から復帰早々、クラスの和を乱すような言動をする龍二にもその取り巻きにも無性に腹が立っていた。
「知らなかった……。きのしゅんの相談に乗ってあげたほうが良いかな?」
「いや、やめとけ」
冷静な眼差しになった賢哉に止められ、雅也は訝しい顔になった。
「どうして……」
「今はそっとしといてやれ。変に自分の心境を話すのだって辛いんだ。お前は良かれと思って、あいつの味方になってるかもしれないけど、本人にとって本当にそれが良いかどうか」
普段はふざけている賢哉が、こんな真面目な顔で物事の判断をつけるのは雅也にとって初めての光景だった。
「性格が歪んでる光岡君が学級代表なんてやっぱり無理なんだよ。それだったら、やっぱり俺がずっと学級代表代理やってたようが良かったのかもね。女子だって、そのほうが良いって言ってくれたし」
雅也は呆れたように溜息をついた。
「そのことだけどな……」
賢哉が何かを伝えようとすると、
「何かあるの?」
険しい顔になった雅也が賢哉を見つめた。
「光岡は、お前のことも快く思ってないらしい」
「はぁ? 俺、別に光岡君の気に障るようなことしてないよ」
雅也は鬼の形相になって呟いた。
「学級代表代理やってただろ。その間に、クラスの雰囲気が光岡の思うクラスじゃなくなって、木内の雰囲気というか、真面目な雰囲気になったって感覚らしいんだ。それが気に入らないんだって」
「本人がそう言ってたの?」
「まあ、たまたま聞いちゃったんだけどな」
「何で自分が被害者面してるんだよ。そもそも、いきなり学級代表代理を押し付けられたこっちが被害者だわ。学校のルール破って謹慎になって、帰ってきたら自分の思うようなクラスじゃなくなったからって、俺を悪く言うなんてどうかしてるよ。自分の事棚に上げて、人の悪口言えた義理じゃないでしょ。自分ばっかり正当化しちゃってさ……ふざけるのもいい加減にしてほしいわ。きのしゅんのことだって、目標に向かって頑張ろうとしてるのに、裏でこっそり陰口叩いてさ。光岡君もだけど、周りもどうかしてるよ。まあ、半年の任期だから来週には学級代表終わるけど、あんな子がクラスの模範になれるわけないもんね」
どこにぶつけて良いか分からない怒りを、雅也はつい賢哉にぶつけてしまった。長々と愚痴を言った後、雅也はハッと我に返って、気まずそうにうつむいた。
「初めてだな、お前がそんなに怒ったの。てか、お前でもそんな風にキレるんだな」
賢哉は苦笑して、感心するように言った。
「ごめん……。何か、変なスイッチ入っちゃった」
「まあ、光岡が面白くないってことは、言いかえれば、お前がちゃんと学級代表代理をやってたって証拠だけどな」
賢哉に限らず、寧々も公言してくれたことで、学級代表代理をしている間に自分に自信がついたのは確かなことであった。それだけに、礼を言うどころか裏で龍二に文句を言われていたことへの苛立ちの感情は消えなかった。
「今日はもう帰ろう。お前も、家帰って気持ち落ち着かせろ」
諭すように賢哉に言われると、雅也は帰り支度をして賢哉と共に教室を出た。そして雅也は駐輪場から自転車を引いたまま、学校近くのバス停まで賢哉と一緒に下校した。バスに乗り込んだ賢哉を見送ると、雅也は自転車に乗ってヘルメットを被ると、長閑な田んぼ道を通って家路に着いた。
数日休んで気が晴れたのか、翌週からはまた駿が登校するようになった。賢哉に言われたことを思い出し、雅也は駿に悩みを打ち明けてもらうようなことはせず、これまで通りの関係性を続けていた。
10月に入ると、任期満了に伴ってクラスの係が一新された。龍二との件で学級代表が懲りた雅也は、『国語係』として、ワーク等提出物の回収と教科担任のもとへ運んでいくという当たり障りのない係にとどまった。
やがて、10月も下旬を迎え、窓から見えるイチョウの木が枯れ始めていた。2学期の中間考査が終わってひと段落をしていた最中だったが、朝のホームルームが始まるや否や、教室に入ってきた尾形は賢哉と駿に、すぐに生徒指導室に行くように指示を出した。月に1回行われる席替えで、たまたま悠喜と隣になった雅也は思わず顔を見合わし、賢哉と駿の呼び出しが、間違いなく無断アルバイトによる処分通告であることに感づいていた。