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第2話『クラスでの存在』

ゴールデンウイークが明け、雅也の高校生活も早いもので1ヶ月が過ぎようとしていた。

クラスメイトたちも、すっかり学校の環境に慣れ始めており、教職員たちはこの1ヶ月の間で起こりうる気の緩みについて危惧していた。

「入学からまもなく1ヶ月が経ちます。生徒諸君においては、学校生活に慣れてくる頃です。緊張感も少し抜けてくる時期なので、学校のルールを破る生徒諸君も出てくると思いますが、先生方におかれましては、くれぐれも指導をよろしくお願いします。特にスマートフォンの取り扱いについては念入りにお願いします」

職員室の片隅で行われている1年生職員が集まる職員会議。1年生学年主任の佐藤篤は、語尾を強めて1年生の教職員たちに告げた。その中にいる雅也たちの担任である尾形は、1年生副主任も兼任しており、佐藤の言葉をただ頷いて聞いていた。


その日、1時間目の授業は尾形が担当する社会科であった。尾形が黒板に板書しながら専門用語などの解説をしており、雅也を始めとした生徒は尾形の話を聞きながら、ノートを写している。

体育が苦手な雅也は、逆に暗記などが中心となる座学の授業のほうが得意で、色ペンや蛍光ペンを使いながら独自にノートを完成させていた。

だがそんな時、雅也の近くからスマートフォンの着信音が聞こえ、教室中に鳴り響いた。黒板にチョークで文字を書いていた尾形の手が止まり、着信音が鳴りやむと、重たい沈黙が数秒ほど流れた。

「誰ですか、携帯電話の電源を切っていないのは」

明らかに不機嫌になっている尾形が振り向いて一同に告げたが、誰も名乗りを上げる様子はない。

着信音が鳴った場所的に、おそらく近くの席の誰かだろうと雅也は思い、目線だけを周囲に向けた。だがそれでも、誰も黙ったままである。

「名乗らないと、授業再会できませんよ。私のところに持ってきなさい」

尾形の言葉を聞き諦めがついたのか、雅也の右斜め前、賢哉の右隣に座っている志田悠喜が鞄からスマートフォンを取り出した。

「すいませんでした」

悠喜は眉毛にかかりそうな前髪をかき分けると、渋々席を立ちあがって安代にスマートフォンを差し出した。

「1週間、学校で預かります」

淡々と言う尾形に、悠喜は面倒くさそうに溜息をついた。この異様な緊張感のある光景を経験したことない雅也は、不思議そうに席に戻ってくる悠喜を見つめていた。

入学式から間もなく、賢哉や駿と話すようになった雅也は、賢哉のコミュニケーション能力もあり、賢哉の隣に座っていた悠喜とも話すようになっていた。やや長髪で眉毛は細く剃っており、不服そうに席に戻る悠喜の顔は、いかつくも見えるくっきりとした顔立ちだった。


昼食の時間になり、雅也は賢哉、駿、悠喜と机を囲んで弁当を食べていた。

「とんだ災難だったね」

雅也は心配そうに尋ねたが、悠喜はケロッとした様子で、

「しょうがねえよ。まあ、一週間の辛抱だ」

すると賢哉は、何かを思い出したようにスマートフォンを取り出すと、アプリを起動させた。

「あ……実況見なきゃ」

「実況?」

「まさか、ボートレース?」

「かどけんが見る実況って言ったら、ボートレースしかないだろ」

雅也と悠喜は不思議そうに尋ねたが、駿は分かりきったように答えた。

この1ヶ月で雅也が知ったのは、賢哉の趣味が競艇実況を見ることで、実は鞄の中に煙草と競艇新聞を入れていることであった。

ゴールデンウイーク前、鞄を取ってほしいと賢哉に言われた雅也が、たまたま賢哉のエナメルバックのチャックが空いており、煙草の箱と競艇が入っているのを見てしまったのだ。

「持ってくるのは良いけど、せめて隠しなよ」

クラスの友人が裏で煙草を吸っていることに驚きを隠せなかったが、慌てて賢哉に小声で注意をしたほどだった。バカ正直に教師に報告をしない雅也の性格を知ったのか、この頃から賢哉は雅也に頼ることが増え始めていた。


「もしもし、かどけん。どうしたの?」

ある晩、雅也は賢哉からの着信に気づき、電話を取った。

「え、明日の時間割? ちょっと待ってね」

賢哉から時間割を尋ねられた雅也は、自身の勉強机に貼ってある時間割表を見ながら、電話越しに賢哉に告げた。

「1時間目から順番に言ってくよ。数学、体育、英語、音楽、情報、現代文。うん、時間割変更もないし、宿題は毎日の課題っていうプリント一枚だけ。ちゃんとやるんだよ。じゃあね」

まるで母親が宿題をしない息子を諭すように、雅也は賢哉に言うと電話を切った。

賢哉からは基本、LINEでもSNSのDMでもなく、電話で聞いてくることがほとんどだった。

また駿からも、時折時間割を尋ねてくるLINEが届くことがあった。

『うっちー、夜遅くにごめんね。明日の時間割教えて』

駿からのメッセージを確認した雅也は、時間割表を見ながら返信をした。

『明日の時間割だよ。1数学、2体育、3英語、4音楽、5情報、6現代文。よろしくね』

賢哉や駿に限ったことではなく、この頃から雅也は時間割や持ち物の確認など、業務連絡のメールや電話がクラスメイトから頻繁に来るようになっていた。

それから数日経ったある日は、良樹から電話がかかってきた。

「もしもし、良樹? どうしたの」

「あのさ、国語のワークの答え教えてほしいんだよ。ワークの答えが載ってる冊子、見当たらないんだよ」

「え、まさかなくしたの? ちょっと待ってね」

雅也は教科書やノートをしまってある棚から国語のワークを取り出すと、中に挟んであった解答冊子を取り出した。

「何ページ?」

「14ページと15ページ」

「じゃあ答え言ってくよ」

「どうぞ」

「1番エ、2番ウ、3番ウ、4番ア、5番イ、6番オ。もう一回上から言ってくよ。エ、ウ、ウ、ア、イ、オ。これで良い? あと大丈夫」

「大丈夫、ありがとう」

「じゃあね、はーい」

こうした突然の連絡は、夕飯後から宿題や予習を始める雅也にとっては予定が崩れる原因となっていたが、決して苦になることではなかった。むしろ、クラスで頼りにされている存在になっていることが嬉しかった。


賢哉や駿が頻繁に連絡をしてくるのとは違い、悠喜からはほとんど連絡はなかった。そのため悠喜は忘れ物をすることが多々あったものの、本人は気にしていない様子だった。

「そういえば、志田は全然聞いてこないね」

昼食の時、ふと雅也は悠喜に尋ねた。

「別に忘れ物したり、予習し忘れたぐらい、大したことないさ」

「それぐらいさっぱりしてる志田を見習えとは言わないけど、2人もさ、せめて時間割ぐらい確認しなよ」

雅也は忠告するように賢哉と駿に苦笑しながら言った。

だが、賢哉はゲラゲラと笑い出し、

「けど、なぜか確認しちゃうんだよな」

「そりゃ俺が、学校に来てるから良いよ。けど、体調不良で休んだらどうするの? その状態で俺に確認電話なんてしてこないでよ」

駿は納得するように頷き、

「まあ、うっちーが休む可能性だってあるもんな」

「けど、どうせお前に連絡するのは、俺かきのしゅんぐらいだろ」

「残念だけどね、今やこのクラスの3割が、俺にいろんな連絡してくるんだよ。大体夜の8時すぎると、スマホの通知がピコピコ鳴るんだから」

「3割は盛ってるだろ」

志田はニヤつくように言ったが、雅也は首を横に振った。

「いいや、間違いなく3割。まあ、それでもアテされるってことは、有難いことなんだけどね」

雅也は弁当箱に入っていた卵焼きを頬張った。実際、3割近いクラスメイトからアテにされることなど、これほど嬉しいことはなく、入学当初に抱えていた不安など、この時はすっかり無くなっていた。

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