第七話 裏
ルビャンカ…
俺はソ連将校の服を奪いルビャンカに侵入する。デミヒューマンは得意なあの能力で行けるはずだ。
「Пожалуйста, предъявите свое удостоверение личности」(身分証のご提示をお願いします)
勿論、身分証明書なんてない。だから、アレを使う。
「6 бутылок в комплекте」(6本入りだ)
服の隙間からキューバ産葉巻と食糧を出し渡す。
「...Не было никаких аномалий. Вот так.」(…異常はありませんでした。どうぞ)
キューバ産葉巻は高級品だ。東側で高級葉巻を生産しているのはキューバだけだ。品薄もあり賄賂としては最適だ。食糧もだ。社会主義は理想では完璧だが、現実化すると物資不足に悩まされ全てはコネになる。人間関係が全てだ。
ロックが解除されルビャンカ内に入る。
処刑場や収容所、KGBの本部とは思えないほど内装は綺麗だ。
ターゲットはソ連将校。階級は二等国家保安委員のボリスラーフ・ヴァシリエヴィチ。KGBの司令官の1人で、かつてはモスクワ攻防戦、スターリングラードの戦い、ベルリン市街戦の独ソ戦激戦区を生き抜いてきた猛者だ。
「Товарищ Борислав здесь?」(同志ボリスラーフはいるか?)
「Да. Мы ждем тебя. …А что насчет другого?」(ええ。あなた方をお待ちです。…もう1人は?)
「А, Ах. Он немного опоздаю」(あ、ああ。遅れて来るんだ)
勿論、デミヒューマンは俺の足元にいる。かなり順調に来れた。
だが、どういうことだ。なぜバレている。それに他のKGBのエージェントや将校は知らない。まるで、ボリスラーフだけが真実を知っているようだ。
門番がドアを開け中に入ると、ウォッカ瓶を持って椅子に座るボリスラーフがいた。
「待っていたぞ。少女も連れとは中々鬼畜な男だ」
能力を使っているデミヒューマンに気づいている。暗殺をするつもりだったが、どうやら、只者じゃないらしい。
「ボリスラーフ。キューバのミサイル基地を撤去するんだ」
「断る。いくら正体不明の男だろうとCIAだろうとフルシチョフの頼みでも嫌だね。核戦争は望まないが、私のためなんだよ」
「自分の都合で世界を滅びに導くのか?」
「そうだ。ソ連が勝利すれば別に大丈夫だ。今のアメリカには不可能な技術だってある。アメリカにはアメリカ本土から我が本土に核を投下できる兵器はあるか?ないな。技術的に不可能なのだよ。アメリカがソ連に勝つなど」
「なぜこんなことをする?キューバで偵察機の撃墜命令を下したのも、フォックストロット型潜水艦に核を積ませたのもあんたの仕業だろ」
ボリスラーフがゆっくり椅子から立ち上がった。
「…KGBには、他の軍隊同様、昇格というものがある。私がKGB議長の座につけば、ここは私のものだ。エリートこそが正義だ」
「まさか、出世争い!?出世争いで人類巻き込もうってのかよ…」
「西側は滅ぶ。冷戦は我らがソ連の勝利だ。出世、勝利も手に入れられる、最高の考えだと思わないかね!?」
自分勝手な野朗だ。
ボリスラーフが机を蹴飛ばし、槌と鎌を持ち、ラジカセでチャイコフスキー作曲『1812』を流す。
「デミヒューマンは隠れていろ!」
「う、うん…」
槌と鎌を振って俺とデミヒューマンを攻撃して来るが、交わしつつ殴る。銃を持っていない俺らにとって近接戦は有利だ。
だが、こいつ、全然怯まない。
「えいっ!」
デミヒューマンが壺をボリスラーフに投げつけ、引き寄せる。
振り向いた瞬間、俺はラジカセで頭を殴る。『1812』が止まった。
「こっちだ悪党!」
少しふらついたボリスラーフを窓の方に近づけ、勢いよく飛びついてきたのを避け外へ落とした。
「Нееееееееет!」(嘘だぁぁぁぁ!)
断末魔を最期にボリスラーフは頭から落ち落下死をした。
「デミヒューマン!後は頼んだ!」
「うんっ!」
デミヒューマンの目が輝く。
デミヒューマンに死体を隠させ、俺はボリスラーフの承認証を書類に押した。そして、書類を司令官に見せキューバでの活動中止を命令させた…が、上手くはいかなかった。今回の件はボリスラーフが関与していたが、キューバのことはソ連上層部の指揮下であったことに変わりはなかった。結局は全てはフルシチョフに託されてしまった。
「頼む神様…世界を救ってくれ…」
一方、B59潜水艦では激しい口論が続いていた。
ヴァシーリィが反論する。
「艦長!今は外部との連絡は取れません!モスクワからの連絡も取れないというのに発射するのは危険です!」
「もし戦争が始まっていたとすれば、祖国が滅ぶのだぞ!」
アメリカ、ホワイトハウス…
「B-52爆撃機は、上空で待機中です。核は、いつでも投下できます。ケネディ大統領」
「…あぁ…」
世界は、核戦争の始まりを迎えようとしていた。