第六話 赤きエージェント
10月27日…
モスクワまで、後約20分。
もう少しで到着だ。
「動くなよアメリカ人共」
通りがかった客の1人からそう言われた。手にはタバコケースを持っているが、少し不自然な持ち方をしているのがわかる。タバコケース型の暗殺用拳銃だろう。コイツはおそらくKGBの連中…いつから付いてきていたのか。
誰から今回の情報を貰ったのか。俺らのミッションは極秘作戦。ニヴルヘイムにもボス以外知られていない。
「…誰からそんな情報を貰った?」
「お前と同じアメリカ人だ。資本主義国家の人間は口が軽いからな。貴様らのようなエージェントなど交渉成立さえすれば駒同然になる」
「お前は1つ大きな勘違いをしている。駒はマイナスで弱いイメージがあるだろうが、駒はクイーンやキングより優秀な存在になることもあると言うことを勘違いしている」
KGBエージェントを窓ガラスまで吹っ飛ばし落とそうとする。KGBエージェントは窓に捕まり列車の上に乗る。乗客達は大騒ぎだ。
俺も窓から列車の上に乗る。
「Я не отпущу тебя в Москву!」(モスクワに行かせるものか!)
KGBエージェントがピストルを構える。
「デミヒューマン!今だ!」
KGBエージェントの足元にいたデミヒューマンがピストルを奪おうとするが、大人の力には及ばない。
「Не мешай!」(邪魔をするな!)
「いやぁっ!」
デミヒューマンが落ちそうになるところを見ていた乗客達が抱える。
「Нормально?」(大丈夫?)
このKGBエージェント…かなり経験豊富のようだ。CQCも全て対応してやり返してくる。格闘戦は危険だ…離れればピストルで撃たれる…!
「先輩!」
デミヒューマンがこっちに叫んで、指を指す。俺はそれが何を意味したか理解した。
「Все кончено!」(終わりだ!)
俺はすぐさま横に転がり窓ガラスの縁を掴んだ。KGBエージェントの頭は架線支持装置に思いっきりぶつかり、そのまま倒れ列車からは転がり落ちていった。
あのエージェント、俺らをCIAの手先だと思っていたのだろうか。それとも、CIAだと偽の情報を渡されたのか。だが、明らかに俺らの任務と1人ではないということを知っていた。何者だったんだ…?
そんなことを考えているうちにシベリア鉄道がモスクワに到着。降下から14日経った頃だった。時刻は朝8時。
「デミヒューマン!急ごう!」
タイムリミットは近いはずだ…!
タクシーを捕まえてルビャンカへ向かう。
一方、キューバ付近海域…
「ラジオは遮断中です!外との連絡は取れません!」
B59潜水艦では大混乱に陥っていた。
「既にアメリカとの戦争は始まったとしか考えられん…。祖国を守るため、私は、発射を許可する」
核魚雷を搭載したB59潜水艦でバレンティン・サビツスキー艦長が許可をする。
「私もだ」
将校のイワン・マスレニコフも許可をした。
「同志ヴァシーリィ。後は君だけだ」
「私は……私は反対です!」
混乱の潜水艦内で、副艦長のヴァシーリィ・アルヒーポフは反対した。
暗黒の土曜日に発生したのはアンダーソン少佐墜落事件だけではない。核兵器発射の手前まで来ていた事もあったのだ。勿論、この潜水艦内での出来事は冷戦終結後に判明した。それまで、誰も核戦争が一歩手前まで来ていたということを知らなかったのだ。