第五話 シベリアの大地で
歩き、走り、船に乗り、犬ぞりに乗り、ありとあらゆる手段を使ってモスクワに向かった。
だが、思うように進めなかった。
今は10月。雪も降ってくる頃で、特に山は天気が不安定なこともあった。
1週間が過ぎた頃だ。
「住民もいない…食料もなくなってきたか」
レーションや蛇やキノコなどなど色んな物を食ってきて腹を凌いだが、ついに尽き始めた。
「先輩…お腹すいた…」
まずい。まだデミヒューマンは子供だ。このままでは栄養失調で死んでしまう。
「…デミヒューマン。いいことを思いついた。ちょっと来てくれ」
ここはシベリアだ。ならば、シベリアに住む人々が食べる料理がある。
湖の氷をソ連の警備兵から盗んだグレネードで破ると、その湖を泳いでいた魚も一緒に浮いてきた。
「先輩。魚は生じゃ食べられないよぅ…」
「デミヒューマン。習わなかったと思うが、魚の中に住む寄生虫ってのは寒さに弱い。凍らせれば死ぬ。食べても胃を食い破ることはない。サハの人々は肉も魚も凍らせてウォッカと一緒に生で食う文化がある。これをストロガニーナ、日本じゃルイベという料理なんだ」
シベリアの夜は寒い。昼飯は抜きになるが、夜に腹ごしらえはできる。
夜になって、魚を凍らせ、サバイバルナイフで削ぐ。
「デミヒューマン。食ってみろ」
デミヒューマンがモグモグと食べる。
「…よくわかんない味」
確かに、ストロガニーナは本来は塩や調味料をつけて食べる。生で食うとなると、味も醤油もない刺身だ。
「文句は言ってられない。今日だけは好き嫌い無しだ。…だが、空腹は最高のスパイスだ。今はこれが旨く感じるな」
俺らはストロガニーナでなんとか喰い凌いだ。
一方、アメリカでは益々状況が悪化していた。
「空爆をすべきだ!」
「だが世界の破滅を我々が始めるのは真平だ…」
「先手を取らずにどうする!」
「空爆に一票」
「そうだ!」
「私も同意見だ。空爆でわからせよう」
「核を落とすんだ」
アメリカ全体でソ連本土に空爆するという声が大きくなった。ケネディ大統領は悩むばかりで、もはや世界の終焉は真前に居座っていた。
2日後…
「デミヒューマン。後少しだ!」
街に出た頃にはタクシーを使ってベレゾフカに到着した。
「Спасибо」(ありがとう)
タクシーを降りてデミヒューマンを担ぎ走り出す。
2時間半ほど歩きと走りを繰り返し、ついにハバロフスク駅に到着する。
「はぁ…はぁ…」
金を払いホームに入ると、モスクワ行きの列車が来る。
列車に乗り、デミヒューマンと一緒に座ると、バタンキューとすぐに眠ってしまった。
「アクリス!今だ!」
ヤルクスがそう叫ぶ。
「ヤルクス!ダメだ!俺らが吹き飛ぶ!」
「戦争が…俺らの命だけで済むなら構わない!それが国境なきエージェントの役割だ!」
IS-4重戦車が北朝鮮の国境へ進んでいく。
「ソ連が介入したら、朝鮮戦争が悪化する!貸せ!」
TNTの起爆スイッチを押す。
IS-4のエンジンを破壊し、履帯も外れるが、まだ健在だ。
キューポラのハッチを開け戦車長がこちらを発見した。
「Направление в 3 часа!」(3時方向!)
砲塔がこちらを向くと、IS-4の122mm砲から榴弾が発射され、俺らを吹き飛ばした。
俺らは気絶し、刑務所に入れられた。間違いなくラーゲリ行きだ。
「アクリス。時間だ」
夜中に牢屋が開くと、ソ連将校に出され、輸送車両に乗せられ何処かに連れて行かれる。
ヘリにも乗せられ、連れて行かれた場所はニヴルヘイム本部。ニヴルヘイム本部でも牢獄に入れられ、処刑されるのを待った。
「アクリス。ここまでだ」
エージェントの1人にピストルを向けられると、手錠を素早く外し反撃。そのまま監視とエージェントを食い潜って外に出た。軍用フェリーを使って猛スピードで街に逃げる。
「待ちやがれ!」
そう後ろから叫んだのはヤルクスだった。
「…う、うぅん…」
目覚めると、外は真っ暗。辺りは静かで、時計は夜2時を示していた。
正直、到着までやることはなかった。ただ列車に乗って世界の終焉を待つことしかできない。モスクワまでは約1週間。見込みだと6日ほど。
横ではウトウトしながらデミヒューマンが俺を見ていた。
「デミヒューマン…まだ寝てなかったのか?」
「うん……だって、先輩、うなされて…たし」
「…夢を見ていた。俺が大やらかしした時の夢だ。デミヒューマンには関係ない。さぁ早く寝よう」
チタ駅まで数時間ある。ベロゴルスク駅からはかなり遠い。ゆっくり寝よう。
デミヒューマンの頭を撫で、眠りにつかせた。