第四話 表
10月26日…
「CIAから連絡です。ソ連はミサイルを撤去させるつもりはないようですぞ。ケネディ大統領」
勿論、アメリカも冷静にはいられなかった。先手を取るか、説得するか、降伏するか、国連に任せるか、何もしないかといった世界の命運を賭ける選択肢。さらにアメリカ国防長官が報道陣へ勝手にコメントをしてしまったため、ケネディ大統領が大激怒するといった混乱の渦に巻き込まれてしまっていた。そして、世界で初めてかつ今日まで発令されていないものが、アメリカ政府から公式に発令された。ニヴルヘイムもこれは予想していたが、ついに来たという感覚に襲われた。
ニヴルヘイム作戦会議室…
「ソ連国内にニヴルヘイムの基地がないのが問題じゃないのか」
「建てる計画はあったらしい。ただ、ボスが拒否した」
「なぜだ…」
ドアが勢いよく開いた。
「会議中申し訳ありません…ただ今、ペンタゴン(アメリカ国防総省)から軍にデフコン2が発令されました…!」
デフコン2。それは核がいつ発射されるかわからないという命令だ。これが発令されたということは、核戦争一歩手前…。
「キューバ派遣班を動かせばキューバ軍にバレた時がマズくなる…」
「…予備班の出番か?」
「…もう少し待ってみよう」
デフコン2発令後、各アメリカ軍基地は大慌てになった。アラスカや沖縄、イギリスといった場所にも戦闘体制となり、核ミサイル発射の準備を進めた他、ソ連付近では核を搭載したB-52爆撃機が上空で待機。いつでも投下可能の状況となった。
だが、この日は発射はされなかった。
10月27日…
10月27日土曜日の朝。U-2を監視していたソ連軍が異常に気づく。
「U-2が消えた!U-2が消えたぞ!」
「なんだと!そんなバカな!さっきまで近くにいたはずだぞ!」
監視していたはずのU-2偵察機が姿を消したのだ。辺りを見渡しても、レーダーにも姿はない。
「…まさか…」
この数分前、キューバでは地対空ミサイルが発射された。
発射されたミサイルは丁度ソ連偵察機が見えないところでU-2に直撃。墜落した。撃墜した理由は情報収集を行わせないための防衛措置というものだった。この機体に搭乗していたルドルフ・アンダーソン・ジュニア少佐は死亡した。
ついに死者が出たのである。この日を通称、暗黒の土曜日と呼ぶ。
さらに、ムルマンスクを出航した核ミサイル搭載のソ連海軍のB59潜水艦がカリブ海に到着。常にアメリカを狙っていた。
核戦争の開戦は目と鼻の先だった。
10月14日…
時は少し遡る。
<高度良好。異常なし。降下用意>
この日、U-2偵察機とB-52の2機使用し、1機はアラスカからソ連空域にギリギリ飛行。スクランブル発進した機体に追いつかれないよう離脱し、その囮となっている時間にB-52が俺らをソ連空域に落とす作戦だ。
<これ以上は進めない。ここで降下せよ>
「デミヒューマン!覚えてるな!」
「うん!」
<アメリカから頂いた降下方法だ。確か、高高度降下低高度開傘、通称、ヘイロー降下。まだ開発中だが、君らが安全性を証明してやれ。やって来い!>
無線からユミルの声が聞こえる。
高度10000m…あのB-29の高度からのダイブ…少し怖気付くぜ。
そんなこと考えてる間にデミヒューマンがもう飛び降りた。
「あっ!あいつ!」
俺も後を追って降下する。
U-2は直ちにソ連空域を離脱。ソ連基地ではスクランブル発進が行われたが、間に合わなかった。
朝日が見えてきた。もしかしたら、これが核戦争の始まりを意味するのかもしれない。
「先輩!パラシュート!」
「ヤバい!」
朝日に気を取られてパラシュートのタイミングがズレた。
デミヒューマンより少し遅れて展開すると、山小屋に突っ込んだ。
デミヒューマンは数十メートル離れた所に着地する。
「先輩!だいじょーぶ?」
「あ、あぁ…少しかすり傷を負っただけだ。心配するな」
「先輩えらいえらい!」
デミヒューマンが俺の頭を撫でる。よくわなんないこの感覚…まるで母親がいるようだった。
「あ、ありがとな」
「うん!」
情けないとは思ったが、ちょっと嬉しかった。
<アクリス。デミヒューマン。無事に着地できたようだな。君らをソ連本土に派遣したのには理由がある。キューバ派遣班の一名が幹部の1人を拘束。尋問した。そいつはKGBの手先でな。どうやら、フルシチョフの命令はまた別に、単独行動をし命令するKGB幹部がいるそうだ。何を企んでいるのかはわからん。今回の任務は例のKGB幹部から情報を聞き出し、必要な場合は暗殺をしなくてはならない。奴がいる場所はKGB本部であるルビャンカ。モスクワだ。今回の任務は非常に重要かつ何が起きるかわからない。臨機応変に対応するんだ。いいな?>
「了解しましたボス。デミヒューマン聞いたな?モスクワを目指そう」
俺らはこの山からシベリア鉄道の場所まで目指すこととなった。シベリア鉄道に乗るまでの一番近い駅はハバロフスク駅。猶予はない。ここからモスクワまで予想は2週間以上…それまで耐えてくれるだろうか。
こうして、核がいつ発射されるかわからない中、シベリアの大地からソ連本土へ俺達は進むこととなった。