第一話 国境なきエージェント
1962年7月上旬…
ニヴルヘイム。それはアメリカに本部を構える諜報機関だ。とはいえ、アメリカの駒ではない。ソ連の駒でもない。独立した諜報機関。呼ぶとすれば国境なき諜報機関だ。
今は冷戦と呼ばれる代理戦争と技術競争の時代。第二次世界大戦が終戦したらコレだ。
俺はアクリス。ニヴルヘイムのエージェントだ。朝鮮戦争で任務を行ったが失敗。今じゃ出来損ないで、任務を任せられないことが多い。殺されないだけマシではあるが。
「よし。俺の勝ちだ。まだ賭けるぞ」
俺の趣味はギャンブル。ポーカー、トランプ、パチンコ、麻雀と諸々だ。諜報機関なだけあって収入は高い。おまけに衣食住完備。まさに天国だ。
ディーラーが交代すると、トランプを変えた。イカサマでもしてるかと思ったか?
トランプをシャッフル。配り終わった。
さて、カードは何か。
捲った瞬間、スートじゃない。文字が書かれていた。
To you give new mission(ミッションを与える)
…まさか、ニヴルヘイムが?
俺は朝鮮戦争以来、任務は与えられていなかった。これがラストチャンスだということだろうか。
「クソッ。金はやるよ」
あのディーラー、ニヴルヘイムの手先か。いつのまにか監視されていたようだ。仕方がない、本部に戻ろう。
本部に到着。ここに来たのは約9年ぶりだ。
「アクリス。久しいところ話したことが山積みだが、緊急任務だ。ある人物の対応をしてほしい」
コイツはグリフォン。ニヴルヘイムの訓練担当だ。
「対応?」
「誰も手がつけられないんだ。見れば分かる。入って来い」
ガチャッとドアが開く。そこにはチョコンと居座る少女がいた。10、11歳ぐらいだ。ハーフだろうか。アジア人…?移民か?それとも…。
「…お前に子供、いたか?」
「私の子ではない。この少女、迷い込んだんだ。いつ間にか。潜入プロが揃うこの組織では防犯能力も高い。大量の防犯カメラ、エージェントがいたのにも関わらず司令室に入り込んできたんだ。敵でもないようだが…不可解すぎてな」
「で、どうする。ここを知った以上、帰すわけにも行かないぞ」
ここは極秘の場。知った者はここに来るか殺すしか方法はない。
「そうだ。だからこそ君を呼んだ。君が教育するんだ。この少女の潜入能力は我々を遥かに超えている。冷戦終結の一歩になるかもしれん」
「ソ連に忍び込むと?」
「違う。それでは冷戦は西側の勝利に終わる。我々の目的は平和的な冷戦終結。勝ち負けでなく、核なき世界を目指し世界が結ぶ刻を作らなければならない。アフリカや中東にしか関与しない国連にはできないことだ」
「とりあえず英語は分かる。ロシア語はわからない。圧倒的潜在能力が特徴。透明になるかもしれん」
「…冗談だよな?」
「可能性を含めた、ブラックジョークだ。というかわけで頼むぞ」
ガタンとドアを閉められ、俺とこの子だけになった。
「名前はなんだ?教えてくれるか?」
「ボク、名前ないよ!」
ボクっ子!男の娘じゃないよな?なんでこんな機嫌よさそうに応えるんだ…名前がない?捨て子か?
「親はいないのか?」
「…?」
親がわからない?やはり捨て子…?もしかしたら、鉄のカーテンを渡って来たのでは…?
しかし、まいったな。情報が全く掴めない。それに子供は苦手なんだ…。
天才児ということは分かる。他が全く分からない。グリフォンが言いたいことは、この子をエージェントに仕立て上げろという意味…。
「…よし、名前をまずを決めよう。その能力、使わせてもらう」
不思議そうに俺の方を見る小さなエージェントなのであった。