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ずるい私
「私が、忘れさせてあげるよ」
俯いた彼の、震える拳をそっと包み込む。
ツラい時ほど彼は一人になろうとする。
苦しくなればなるほど彼は何も言わない。
私を頼ることも助けを求めることもしない。
だから私は勝手に彼の隣に立っている。
彼のために私が出来ることなんてないのかもしれない。
ただ出来ることは一瞬でもその苦しみを忘れさせてあげることだけ。
でも私はずるい人間だ。肝心なことは何も言わない。
そして彼も。
「逃げてもいいよ」
彼が逃げないことを私は知っている。
何かある度に私のことを思い出せばいい。
私は彼の頬をそっと包み込む。少し首を傾けゆっくり顔を近づけていく。
そうして私たちは苦しくなるほどのキスをした。