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気づいたら全てを話していた。と言っても話したのは最近の、アハトと出会ってから連続で起きた異能力関連の事件に関してだ。
クロ自身の生活が明確に変わったのはそこからで、それまでの、それも異世界に関する話は思い出したくないので意図的に避けた。それでも何故、戦場でこんな話をしてしまったのか。
薄々は気づいているが、これも朋美が持つ異能力の1つだろう。精神に干渉する異能。それが使われているのは気配でわかった。対抗する手段を持たないとは言ったが、耐性が完全にない訳ではない。
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吸血鬼という種自体が魅力などの精神干渉系魔法を扱うのに長けているので、種としての耐性が今のクロにはある。しかし、言うなれば吸血鬼もどきではあるので完璧ではない耐性が更に弱くなっている訳である。
なので、使われているのがわかりはする。がしかし、防げないというなんとも言えない状況ではあるのだ。自分の意志を強く持てば抵抗することも可能ではあるのだが、今のクロにそんな気概はなかった。
勿論、囚われた事にもボロボロにされた事にも腹は立つ。その気持ちもあり、アハトの血を吸ってまで戦うことを決めたのだ。
けれど、思い返してみれば、そこまでして国に仕え、何もしてくれない組織の命令に従う意味があるのかと、この精神干渉を受けて思ってしまったのだ。この変化も朋美の力によるものだったのなら、天晴れとしか言いようがない。
「……と最近にあったのはこんなところだ」
「そう。大変だったのね。貴方は頑張っているのにも関わらず、お役人様方は認めてくれない。どう?話してみたら気持ちが変わった。なんて事はない?」
「そんな事、ある訳ないでしょう。先輩、言ったからには責任を取って早く倒してください」
ここで黙っていたアハトが痺れを切らして声を荒げる。
「責任か。確かに、お前から血を貰ったという建前がある以上、俺はお前の為に戦うべきだ。そんなのは俺でもわかる」
約束を交わした訳ではないが、それが前提としてアハトは身を捧げてくれたのだ。ならば、最低限はそれに報う必要がある。アハトからもたらして貰った時間の内の残された時間を全て。
「時間にして残り1分って所が限界か」
「やっぱり戦うつもりなのかしら?」
「ああ。だが、俺はお前の提案も飲もうと思う」
「先輩!?」
「戦う気ではあるけど、仲間になるつもりでもある。貴方はそんな矛盾した事を言っているのかしら?」
「矛盾なんてしていない。俺が世界の為に戦う主人公なら、お前みたいな殺人者の提案になんて乗らないんだろう。けど、俺はただの人間だからこそ、より自分の理に適う方へつかせてもらう」
「でも、私と戦うつもりなのでしょう」
「そうだ。アハトに貰った時間はしっかりと返す。その分はしっかりと戦わせてもらう。だから、これは完全な我儘だが、聞いてもらえないか」
戦う宣言までしておいて、相手に願う。これがどれだけ傲慢で自分勝手な事だというのは理解しているつもりだが、アハトに借りたままの恩と隊長への恩を返さなければ気持ちの整理がつかない。故に我儘。
「言ってみれば?」
「アハトを逃がして欲しい」
「先輩!さっきから何を言ってるんですか!先輩にやる気がないなら私が……」
「ちょっと黙ってなさい」
風切り音が鳴ったかと思うと、背後から大きな物音が響く。見ると、朋美は持っていた銃を片手で構えており、背後を見るとアハトが力なく倒れていた。
「おま……俺が言った事を早速……」
「無視してないわ。ただ、五月蝿いし、これからの私達の為にも良くないでしょう?」
駆け寄ってみると、撃たれた事がわかるくらいには服に跡がついているが、見たところ血はついていない。手を口に当ててみると息もしてるし、首に触れると脈もある。
朋美はクルクルと持っていた銃を回し、飄々と話し始める。内心、いつ暴発しないか焦っていたのは内緒だ。
「象でも即寝する即効性麻酔弾はよく効くねぇ」
「そんな代物、人に向けて撃って大丈夫なのか!?っていうか、それを俺に撃てば良かったのでは」
「そんなポンポンと撃てるほど量産できたら苦労はしないんだけど。ま、そういう訳だから。邪魔者は居なくなった訳だし、戦いたいんでしょ?」
朋美は銃を投げ捨て、足を前に出すことで戦闘態勢を取っている。何を言わずともこうやって態度だけで察する事ができるのは、流石としか言いようがない。残っている時間は少ないので彼女には感謝すら生まれる。
「融通を利かして貰ったんだ、今度はそっちから攻撃どうぞ」
「これから仲間になるんだから、そんな事は気にする必要はないと思うけど。そう言うなら私も少し本気で攻撃しちゃおうかしら」
そう言った瞬間、朋美が纏う雰囲気が急に変わった。今までは隙のない立ち振る舞いではあったものの、終始友好的に努める気配があった。彼女の素性が暗殺者と聞かされていなければ、ただの一般人と誤解してしまうほどに彼女の気配は普通の人間のそれだった。
しかし、今はどうだ。彼女から感じる圧は人を躊躇いなく殺す。それをヒシヒシと感じさせられるのだ。
大きく息を吐き、改めて朋美と向き合う。朋美の姿を目に抑え、それ以外の情報は全て遮断する。すると残ったのは真っ暗闇の中に立つ彼女のみと、光景としては異様そのものだ。
横槍など気にせず、彼女のみに集中しようとしたのは正解ではあるのだろうが、ここまで情報をカットしてしまっては不正解という他ない。壁や地面が見えなくては上手く戦う事など、視覚や聴覚を頼りに戦う人種でらできるはずがないのだから。
「ま、良いか。残り時間的にも死ぬ気で防いで、死ぬ気で反撃するだけだ。にしても、死ぬ気なんて言葉は実感が湧かない上に、心底似合わないな。俺には」
後先考えずに動くのはこれまで何度も繰り返してきた事ではあるが、異世界で起こった出来事を含めて、死ぬ気でやろうとした事が何度あっただろうか。少なくとも片手の指に収まるのは間違いない。
そんなどうしようもない人間が、今更覚悟を決めたところで何か変わる訳ではない。それでも顔つきくらいは変わったら良いと思っていたところ、朋美にもどういう形か伝わったようで、足を一歩引いた。
そして1度瞬きをした次の瞬間、彼女の姿は目前から消えていた。目では追いきれていない。だが、自分と朋美だけしか認識していない世界では、視力に頼らなくとも彼女の居場所は把握できている。
見上げると自身の感覚通り、朋美の姿が目に映る。今ならまだ、1発2発くらいなら迎撃できる距離。
「お前が途中で呟いていた言葉、全部は聞こえなかったがあの世界ではよく聞いた言葉だった」
朋美の異様な身体能力の高さと鉄のような皮膚の硬さ。これらを実現する事ができる術をクロは知っている。
「人が神を求める為に生み出した神秘。こっちに来てからは初めてみたよ!」
きっと彼女はそのまま突っ込んでくる。それを遮りたくは何故だかなかった。そんなのは無謀で非効率、命を懸けた戦いにおいては無意味と断じられるかもしれない。
戦うことに喜びなど感じないと言ったクロではあるが、ここで真正面から戦いたいなどと考えている辺り、彼女の言った通りなのかもしれないと彼女を目前にして考えていた。
限界まで引きつけ、引きつけ、引きつける。そして彼女の手が頭へと狙いを定めた時、ようやく動く。技量では絶対に勝てない。努力もしていない。それでも、結果的に裏切ってしまったアハトの為にも、ここで情けなく負ける訳にはいかない。
手から血が滲み出るほど拳を握りしめた後、掴もうとして手を開いてきていた場所へ拳をぶつけにいく。
手と手がぶつかるとどうなるか。アニメで描かれる世界ではそのままエネルギーとエネルギーがぶつかり合い、周りを巻き込みながら爆発落ち。
しかし、現実でそんな馬鹿げた事は起こるはずもない。クロと朋美の手はぶつかるが爆発なんてせず、朋美の開いていた手に吸い込まれる。
パシッと言う力を込めた割に軽い音が鳴り響き、右手がガッチリと固定される。防がれた上に手が囚われる事自体は織り込み済みで、そこから更に腕へ力を込める。
ありったけの力を込めているというのに、腕が押せも引けもしないのは、それだけ人外染みた膂力を朋美が持っている事の証明。
「そうだよな。最初に止められた時点で薄々察しはついていた。だからこそ、お前との距離は0。ここから攻撃すれば防げまい」
右腕に込めていた力を内側から外側へ。これをやるのは綺麗じゃないが、…………嫌いじゃない。
「弾けろ!」
右肩から先が真紅に光り、次の瞬間には目に映る世界丸ごと真紅色に変わった。
次の話でようやく1が終わります。蛇足が蛇足を呼んだ結果、ここまで長引きました。いずれ蛇足はカットするかもしれません。
次の話で終わっていなければ、また蛇足を追加しているのでしょう。それでは。




