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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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「ディメンションロック」はその名の通り空間を固定する魔法だ。異世界では転移の魔法があった。転移の魔法は強力で、飛べる距離は術者の技量によって左右されるが、逃走用に使われたり、或いは戦闘時に背後へ一瞬でまわられたりと戦っている相手からすれば碌な魔法ではなかった。


 転移の魔法以外にも、空間に作用する魔法は強力な魔法が多く、空間魔法への対策は必須とまで言われていた。当然、クロも対策はしている。それが「ディメンションロック」だ。


 この魔法は術者の技量に作用されない魔法で、飲み込みが遅いクロでも吸血鬼の力を借りれば容易く扱える魔法だ。仕組みは簡単。魔力の弾丸、クロの場合は血の弾丸を固定したい空間へと発射するだけだ。


 そして今、小さな赤い弾丸がクロの震える指先から放たれた。狙う先は指が差す朋美……ではなく、数センチ後の何もない空間。射線上にいた朋美は簡単に避けられるにも関わらず、また姿が消えかかっている。彼女はまたどこかへ逃げるつもりなのだろう。

 

「そうだよな、破られた事がない逃げ方があればそれを使うよな。わかりやすくて助かるよ」


 既に弾丸は消えており、空間の固定化は完了している。


「さ、姿を現してもらおうか」


 バチっと破裂音がしたと同時に、消えかかっていた朋美の姿がハッキリと現れる。その顔には驚きと()()が合わさった笑顔が浮かんでいた。


「凄いわ!こんなの初めての体験よ。これだけ謎な事ができるのは流石、人間を辞めてるだけあるわね」


「俺は才能がないからできなかったが、こんなのは人間でも出来た技だ。対策としては初歩とされてたからな」


「対策が練られてるなんて、流石は対策課さんと言ったところかしら」


 彼女は未知を知った子供のようにはしゃいでいるが、その目からは1度たりとも視線が外されていないのがわかってしまう。直接的な近接戦も嗜んでいるのは所作や動きでわかっていた事だが、異世界以来の厄介な相手だ。もし召喚されていれば勇者と称される存在へとなり得たであろう。


 本当に厄介だ。


「わかっているだろうが、これでお前は逃げられない。任務……というよりもここから脱出するにはお前を倒さなければ進めないだろうからな」


「良いわね、その目。赤く光っていてカッコいいわ。ほんと、まるでドラキュラね」


 この期に及んでまだふざけていられる精神力には脱帽するが、相手の手のひらで踊らされぬよう一呼吸置いて面を合わせる。


 もう1度、朋美の姿を確認する。手には拳銃、格好は全身黒の肌に張り付くようなぴっちりとした戦闘服。まだ服にすら傷の1つもついていない彼女は、自慢の能力を使えなくされてなお、余裕の表情を崩さぬどころか少女のような目でこちらを見つめてきていた。


 ドラキュラなんてものは、ハロウィンならまだしも普通は畏怖される存在で、少女の憧れる存在ではないはずなのだが、目をキラキラとさせている朋美をみると悪くない気分になる。今から倒そうとしている相手に思い浮かべる感情ではないのだが。


 それだけ心の余裕があるのだと自分を諭し、次へと行動を移す。最も厄介な異能力を封じてしまえば、後はわかりやすい。人間相手では過剰ではある身体能力でゴリ押す。それが昔から1番得意とするクロの戦い方だ。


 思考能力、身体能力、全てが人間の中でも決して優れているとは言えなかったクロが、吸血鬼になった事で人以上にはなったのだが、戦闘センスはお世辞にも良いとは言われなかった。特に魔法など特殊なスキルを使うものはまるでダメ。当時、エリザベスにこっぴどく扱かれたのは思い出したくない思い出だ。


 手を握りしめ、殴り込む姿勢を見せると、朋美は笑顔のまま銃をこちらへ向ける。しかし、警戒すべきは双子の片割れの異能。拳銃で撃たれたところで勢いが一瞬止められるだけで、そのまま無理矢理殴り込める。


「……強化、身……化、……感知」


「?何をぶつぶつと。飛べなくなってどうしようもなくなったから、外国の少女らしく神に祈りでも捧げだしたか?」


「そんなところよ。貴方が特別な相手である以上、私も特別であるべきでしょう?」


 外国の少女らしくというのは偏見ではあるが、異国といってもいい異世界では自分がピンチの時には神頼みをする者が多かった。そのイメージが目の前の20歳という大人と少女の間にいる彼女と合致していた。


 そう思ったのは一瞬の事で、倒す為の次なる一手を始めていた。顔……は一応、相手が女性である事を考慮して狙わず、胸の辺りに狙いを定めて、立っていた場所から一気に距離を詰める。


 しかし、身体能力に物を言わせた一撃は朋美が突き出した両手に包み込まれ、反動もないまま容易く受け止められる。



 様子見を含めた一撃ではあった。だが、止められるとは少しも思っていなかった。それが顔に出てしまっていたのか朋美は笑顔で告げる。


「まだ、こんなものじゃないでしょう?」

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