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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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 空中に浮いている時、人は自由に動けるだろうか。答えは否。人には空を統べる能力はなく、どう足掻いても空中では何もできない。


 誰かを飛び越し、何階かはわからないが少し誰かから離れた場所に着地した。


 幸いな事に今の自分は人ではない部分が身体の一部としてある。それが吸血鬼のシンボルの1つである仰々しい黒き羽。前に誰かが経っていることに気が付いたクロは、体を捻ることで羽をが目の前に立つ誰かとの間を隔てるように広げる。結果、羽は何者かに傷つけられ、痛みが走り、血が空を舞っていた。


 痛みなど今更なので、傷を負わせてはいけないと庇ったアハトを見ると、今までの態度はどこにいったのか心配そうな顔でこちらを見上げている。そんな顔をするアハトの為にも心が優しいので声をかけてあげる。


「心配いらない、みねうちだ」


 誰が聞いても笑いどころのないボケではあったが、だからこそアハトは心底くだらなそうに笑ってくれる。


「それは先輩側が言う事ではないでしょう」


「そうなのか?まぁ、細かいことは良いだろ」


 2人で笑っていると絶賛無視していた誰かから怒りを内包していることが丸わかりの声で話し掛けられる。


「私の前でいちゃつくなんていい度胸じゃない?」


「久しぶり……いや、声を聞いたのはさっきぶりだな」


 そこにはこの建物の主と思しき"赤阪朋美"その人が、血が付着した日本刀を携えながら立っていた。ただし、その格好はパーティー会場で見た煌びやかなドレス姿ではなく、全身が真っ黒で見た人は忍者を想像してしまうであろう格好をしている。


 日本刀に忍者、なんとも世界観に忠実な事だと勝手ながらに思ってしまう。


「ダンジョンのラスボスが階段で仕掛けてくるなんて、物語の定石がわかってないな」

 

「あら、ラスボスだなんて。まるで私が化け物みたいじゃない?私はこんなにも可憐な美少女だと言うのに」


 頬に手を添え、まるで自分は女の子ですと言うようにポーズを取りだす朋美に対して苦言を呈する。


「可憐な美少女は血の付いた獲物を持ってポーズを取ったりしない」


「そうかもしれない。けど、私よりも貴方の方が化け物みたいな見た目よ。ラスボスには到底見えないけど」


 語尾に(笑)がどう考えてもついている言い草。顔に笑みまで浮かべているのだからタチが悪い。完全にこちらを小馬鹿にしている態度には腹が立つが、いつも煽ってくるアハトとは違い彼女は敵意を持っている。その手に持っている血の付いた日本刀が何よりの証拠だ。誰の血かは言うまでもあるまい。


 こうやって問答を仕掛けてくるのも、油断を誘う為の可能性があると珍しく冴える頭で判断して、抱えていたアハトを下ろす。


 抱えていると両腕を使えないのはデメリットだが、それ以上の問題がある事を察知していた。それはアハトの異能力が吸血鬼としての大半の力を封じてしまう事だ。


 身体能力や再生力という吸血鬼に備わった力は封じられていない。実際、切りつけられた翼は血という証拠を朋美の刀に残したまま既に治っている。


 しかし、血を使ったものを含めて、魔法が一切使えない。どれだけ低ランクの魔法まで落とそうと、触れられている間は全て不発に終わってしまった。


 いかにもな相手に対して、枷をかけながら戦えるほど傲慢ではないし、そんな余裕もない。あくまでその事は口には出さず、ただアハトには下がってくれとハンドサインだけ送る。


 対異能力では最強のアハトには一緒に戦ってもらった方が楽に戦えるかもしれないが、本調子ではない彼女にはできるなら戦ってほしくない。


 それに彼女は朋美に負けている。どういう戦いがあったかはわからないが、彼女は結果的に負けてしまっているのだ。だからこそ、閉じ込められてしまった訳だが。そういえば何があったか、アハトが目覚めたのなら聞いておくべきだった。


 その事についてはまたも後回しにし、取り敢えずは建前として体の調子を理由にアハトを説得する事にする。


「なんですか、その下がっとけみたいな態度は」


「そう言ってるんだよ馬鹿!お前はまだ本調子じゃないだろ」


「敵を前にしてまだ痴話喧嘩をするなんて、随分と余裕ね」


「余裕なんてないに決まってる。何せお前からは殺気しか感じないからな!」


 言葉と同時に放ったのは羽を斬られた時に出た血。つけられた傷は治ったが、出た血が消える訳ではない。手持ちがないクロにとっては貴重な武器の1つとなり得るので、予め手に馴染ませておいた。


 その血をまるで水撒きのように空へ。


「ブラッドレイ」


 そう呟くと舞っていた血は形を急変させ、最初の体積とは見合っていない1つ30cm程の細長い物体へと変化する。


「貫け」


 呼応する様に固まった血液は日本刀を構えてすらいない朋美の方へと向かう。すると彼女は笑みを見せて、口を開く。


「へー、当たったら痛そう。けど、当たらなければどうという事はないよね」


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