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自分が化け物だと改めて理解した瞬間、ジャックとの戦いには一方的な決着がついていた。飛んできていた赤く染まった塊と透明な塊、そのどちらも腕を振るうという最小限な動きで砕いていた。
ジャックが使っていた異能力にはラグがある。明確な発動条件はわからないが、血液を床に落とす事で発動する事を考えれば1滴目から2滴目の間には時間が生まれる。
その間に生まれるほんの僅かな隙があれば、10数段しかない踊り場から上の階までの短い距離は詰められる。焦ったジャックは手に持っていたナイフを振るってきたが、今更そんな緩い攻撃が障害になるはずもなく、あっさりと首を掴めてしまった。
手に収まる小さな首だ。少し力を入れてしまえば容易くへし折れてしまうんじゃないかという敵ながら不安を覚えてしまうほどに。しかし、敵に対する情けなんてものは一瞬でかき消して、手に込める力を強める。
バタバタと苦しそうにもがくジャックを見ても躊躇せず、そのまま動きがなくなるまで首を絞め続けた。動かなくなった後は適当に体を放りなげて、何も思わないように視界の外へと放り投げた。
「ハハハハハ!ちょっと本気を出せばこの程度かよ」
顔についた血を拭い、 完全に取り戻した調子を心の底から噛みしめる。溢れ出る万能感を押さえ、放置していたアハトの元へ少し滑空しながらゆっくりと降り立つ。
見たところ血はべったりとついてはいるものの、その血は全て自分が流した血である事は確認済みなので拭えるものは拭う。しかし、華美なドレスに付着した血は拭う事などできないので、汚してしまった事を心の中で謝罪する。青を基調としているので血の汚れは目立ってしまう。
「さて、抱えて走るのは簡単だが、抱えてる間は魔法が使えない。……ま、今ならどうにかなるか。っとなんかうるさいな」
警報のような音が鳴り響き、幾つもの足音が階段や廊下から聞こえてくる。今まで監視をするだけで双子のみに対処を任せていたというのに、いざやられたとなると数で対処しようとするのは実に
「滑稽だ、数を当てれば俺を止められる。なんて浅ましい考えだ。なぁ、聞こえてるんだろ赤坂朋美!」
近くにあったスピーカーからノイズ音が走り、まるで聞いていたかのように返事をする。
「あらあら、急に威勢が良くなっちゃって。弟達を倒して勢いついちゃったのかしら?それともその不気味な翼、それが原因かしら」
「取ってつけたようなお嬢様口調だな。本性を隠すような話し方、正直気持ち悪いよ」
「……言ってくれるじゃないですか。生かして捕虜にでもしようと思ってましたが、辞めです。死んでよ」
耳が痛くなるほどの強烈なノイズ音が走り、スピーカーからの音がなくなると同時に足音も消え失せる。踊り場から下を見ると武装した軍隊のような集団が待ち構えているのが見え、上を見上げても同じ装備を持った集団が並んでいるのが見えた。
「脱走者2名を補足。命令変更により捕縛ではなく、殺害を目的として銃撃を開始します」
銃撃?そんなSFじゃあるまいし。と思ったのも束の間。上の集団も、下の集団もこちらへ銃を向けている。そこからの動きは早かった。何の躊躇いもなくどちらも引き金は引かれ、上下からの激しい銃撃が襲う。
もし自分1人だったなら、豆鉄砲で撃たれたところで何の障害にもなり得なかった。しかし、今は1人じゃない。後ろには異能力以外では守らないと、非力な女性が倒れている。
「守るなんて普段の俺からすれば烏滸がましい事この上ないが、今の俺なら出来る気がする。いや、やれる」
不安が頭の中でよぎったのは一瞬の間、それも脳内時間での一瞬だ。銃撃が始まっているのに考えている時間など、時でも止められないと作れない。
幾ら吸血鬼の姫から直々に力を分けてもらっていようと、時を操るまでの力は持ち得ていない。……彼女本人は空間にまで干渉してくるのだから時間すらも喜んで操れてしまいそうだが。
しかし、そうまでしなくとも吸血鬼の力を取り戻した今となってはただの銃撃程度では庇いながらどうにかできる。はずだ。
やはり絶対的な自信が生まれないのは、これは借り物の力で自分自身の力ではないと考えているからとどこかで考えているからだろうか。
「余計な事を考えるな。今は目の前の事に集中すべし」
呑気に眠っているアハトの前に立ち、生えてきた翼を大きく広げて力を巡らせる。特別な事は何もしない。ただ真正面から打ち破るのみ。
「吸血鬼……パンチ!」




