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血を落とした事で発動した謎の異能力、それを少しでも発動させない為、階段に足をかけ出来るだけ前へ詰める。今、吸血鬼としての力はエリザベスの血によって全て解放されている。……はずだ。
なので身体能力は首輪で縛られていた時よりも格段に上がっているはずなのだが、どうも身体の調子がイマイチ上がらない。
具体的に言うと、血を扱った魔法。それが吸血鬼にとって1番得意とする魔法だ。血を刃のように飛ばしたり、はたまた複数の敵を貫く事が出来るビームのような魔法を扱える素晴らしい種族だ。そんな多彩な事が出来るのは吸血鬼の中でも中の上より上にいる実力者くらいだが。
そして今、実際に動いてみると体は動く。しかし、牢獄から脱出した時のパンチはもっと力が漲っていた。それがどうだ?ジャックの元へ詰め寄ろうと前へ踏み出した一歩は人の域を超えない小さな一歩だった。
当然だが、隙だらけの一歩をジャックが見逃す訳もなく、またも手から血を落とすと体が貫かれる。
「いってぇ!」
「痛いって、痛いだけで済んでいるのがおかしいんだよ?普通の人間なら間違いなく死んでいるんだから」
「それはどうも、身体の丈夫さだけが取り柄なんでね」
「別に褒めてはないんだけどね。不気味だからさっさと死んで欲しいだけだよ」
見た目は幼さが残る美少年だというのに、言っている事はギャップも相まって普通に怖い。とは言っても怖いなんて感情は痛みが全てを塗り潰していく。
痛みを感じにくい肉体ではあるが、それでも身体を貫くほどの傷となれば、普通の人間が負う深めの刺し傷と同程度の痛みは感じる。普通の人間は刺される機会なんてないはずなので、痛みの比較として出すのはおかしいかもしれない。とにかく、悶えるほどには痛いのだ。
階段を一歩、もう一歩と登っていく間にも絶えず、異能で作り出された見えない何かは襲い続ける。その度に体はボロボロになっては再生、ボロボロになっては再生を繰り返しながら進む。
幸いな事に痛みはあるが、吸血鬼としての再生力は身体能力と反比例していつも以上に働いている。良い意味でも悪い意味でも、これではまるで肉壁だ。
そんな姿を見てジャックはイラついたのか、笑顔が崩れて今にも舌打ちをしそうな顔になっている。
「気持ちが悪くて、諦めが悪い奴は磔にして処刑するしかないね!」
ポタポタとジャックは血を落とす。その度に透明だった何かは赤色に色づいて視認できるようになってきた。
ここでようやくジャックの異能力が何かの予想がついた。ジャックは液体を固めて飛ばしてきている。そのトリガーとして自身の血を地面に落としているのだと簡単な予想が立つ。
「それを確かめる為には」
階段の中腹まで辿り着いたところで、ジャックの立つ地面に向けて目を凝らす。
「やっぱり濡れてる……というかびしょびしょだ」
そこには水溜りが幾つも、目に見えるだけでも5個の大きな水溜りがあった。そしてジャックに1番近い水溜りは赤く染まり血が滴っていた事がわかる。そしてジャックがまた血を一滴落とすと、水溜りから透明に近い赤色の塊が猛スピードで迫ってくる。
「クソッ!」
飛び込むように横へ避ける事で塊を初めてかわす事に成功し少し心が「やってやった」となるが、喜んだのも束の間で狭い階段の段差で飛べばどうなるか。それは容易く想像がつく。
未だ止まらぬ出血と大量に服についた血を撒き散らしながら、ゴロゴロと階段を流れるままに降っていく。そしてそのまま階段の踊り場で寝転がっていたアハトの上へと辿り着いた。
プレスをくらったアハトは小さく「グエッ」と言って顔が不快そうに歪んでいる。しかし、まだ目は覚めていないようで唸り声を上げながらもしっかりと寝息が聞こえてくる。可愛い女性の寝息は聞いてたら癒されるものだ。
「ってそんな事言ってる場合か!」
「避けた上にイチャつくなんて、打って変わって余裕だな。変色して見えるようになったから余裕、なんて思ってるのか?」
「バカ!そんな余裕……って躊躇ねぇ!」
完全に赤く染まった塊がアハト諸共、貫く為に飛来する。その速度はアハトを置いてこれから避けようとしても既に手遅れ。体は素直だ。心の中で葛藤すれば自然と体は動きを止める。
何かを考えながら物事を進めるのは出来た頭脳の持ち主にのみ許された行いだ。事、戦闘においてはそれが顕著に現れる。考えている間に後手へ回れば待っているのは敗北のみ。
敗北という最悪の結果を覆したくばどうするか。平凡な人間が才能を持つ人間を超えるためにはどうすれば良いか。答えは至って単純だ。人を超える、いや人を辞める他ない。しかし、"平凡"と称される人間ではそんな事などできもしないからこそ、平凡の域を越え天才に迫る事などできないのだ。
「けど、俺は違う。俺には人を捨てる術がまだあるのにしなかった。だからこその不調。体は吸血鬼になっているというのに自分はまだ人間だと思い込んで捨てられなかった、人の心を。けれどそんなのはただの我儘、認めるんだ、自分が化け物だと」
「何をぶつぶつと、ほんっとうに気持ち悪いな。さっさと死んでよ」
五月蝿い、俺は死なない。死ねないんだ。そうだ、自分は死ねない化け物なんだ。だから自重なんてしないで力のまま、好きに暴れ回っても誰も止めない。止められないよな?
そこで何かが自分の中でプッツリと切れた気がする。今までは極限状態に陥るまで吸血鬼の力に、エリザベスに頼るつもりはなかった。けれどそれも結局、自分が助かりたいという主観だけで力を振るう化け物となんら変わりはなかったのではないだろうか。
ならば、最初から身を捨てていても何も変わらないんじゃないだろうか。
スーッと体が段々と軽くなっていく。
「そうだった、俺は化け物にならないと価値がないんだった」
気づくと体からは翼が生えていた。




