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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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 味わった気持ちの悪い感覚はそのままに、現実世界で意識を取り戻す。頭は常に針で刺されているように痛い上に、体温が火照ったかと思えば、震えるほどに冷たくなる事の繰り返しで、まともに体の感覚が掴めない。


「クソ、あいつの血が俺の中で拒絶されているって訳か。だが、吸血鬼としての力はこの状態でも使える……はずだ。なら」


 現実世界では時間が経っていないので、相も変わらず目の前には少年が余裕そうに立っている。そんな彼とを隔てる透明な壁、敢えて外側のどこに繋がるかもわからない壁ではなく、彼の鼻を明かす為にも絶対的な自信のある見た目はガラスでしかない壁を狙う。


 左手でまず壁を触り狙いをつける。感覚が麻痺しているので触れている感覚はないが、例え感覚が戻らなかろうとやる事は変わらない。


 いつも通り右手を握り、力を込めようと集中する。が頭を針で刺されながら、風邪を悪化させた症状が常に体を襲い続ける中、集中を保ち続けられる訳がない。


 それでも目の前にある強固な壁を壊すためだけに右手へ、解放されているであろう吸血鬼としての力を込める。そして右手を力が入るだけ思い切り前へと突き出す。腕の動き自体は自身の視点からでは変化がないように見えたが、壁へ右手がぶつかった瞬間に普段よりも重い一撃だった事を思い知らされる。


 流石に5%程度の出力しか出せない吸血鬼の一撃は、知能も力も、人間種より少し上回る程度である低位吸血鬼と並ぶかそれよりも多少上と言ったところだろう。コンクリートの壁などはヒビが割れる事はあっても、完全に破壊する事は不可能だ。しかし、今それを可能にしている。


「なっ!グレネードすら耐える特殊ガラスでできた壁ですよ。それをパンチ一撃で、ぶっ」


 飛び散った破片が目の前に立っていたビジュアルの良い、双子の片割れの顔目掛けてとぶ。綺麗な顔がガラスの破片で傷物になるのは少し忍びないが、碌でもない人間である事は想像に難くない。であれば、後で時間があれば治すので、一旦はそこで伸びておいてもらう事にしよう。


「そうでも理由付けしとかないと、俺の方が悪人に見えるからな。イケメンはイケメンというだけで世界から正義の人扱いされるんだから、少しは痛い目を味わってくれよ」


 伸びている片割れに片手で合掌をし、傷だらけの顔から目を背ける。そしてそのまま脱出……する訳ではなく、部屋で寝ているアハトの容態を確認する。口に手を近づけてみると、やはり過呼吸の症状は変わっていない。このまま彼女を置いていくか、それとも背負うか何かをして彼女を連れて脱出するか。


 当然、答えは決まっている。頼りない自分ではあるが、こちらを殺す気がある敵の本拠地に放置していくのは愚の骨頂。もしアハトが起きていたら罵倒される事間違いなしだ。


 限定的に吸血鬼の力を戻してもらったお陰で、アハトの体は易々と持ち上がる。ここで問題なのが、彼女の体をどう持ち運ぶかだ。どの持ち方でもタラタラと文句を並べられる事は間違いないだろうが、カッコよくお姫様抱っこ……とかしている余裕は多分ないので素直に背負う事に決定する。


 どの態勢だったとしても、たまに過呼吸となりながらも意識のないアハトはこちらを掴んでくれないのでどの道、両腕は塞がったままだ。敵と遭遇したらどうするのかと言われれば、逃げるしかない。


「ちょっと五月蝿かったけど、誰にもバレてないよな?流石に両腕を塞がれてると、異能力者相手だとまともに戦えないぞ」


 格子のついた重々しいドアをできるだけ静かにゆっくり開ける。小さくギギッと音が鳴ってドアは開いていく。そこはホテルと言うには装飾もなく、鉄筋コンクリートでできた壁はまるで光が差し込んでいない。点いている電灯もまばらであり、使われていない廃墟のような印象が与えられる。


 強化ガラスをぶち破るような騒音を立てたにも関わらず、人の気配どころか物音1つ聞こえない。明らかに普通じゃない場所へ閉じ込められていることがその時点で容易にわからされた。


「一旦、これは不味いか」

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