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なんて事はない肩透かしの反応をもらい、言葉が詰まる。説得する目標を半分くらいは諦めていたのだが、エリザベスの説得に呆気なく成功したので、自分の血肉を自分とアハトで食うという猟奇的な案を表に出さずに済んだ事に心の中で安堵していた。
「気持ち悪いほど急にあっさり食い下がるじゃないか。何かお前の琴線に触れる話がこの短い会話の中にあったか?」
「力を貸さないとは一言も言っていないでしょう。君の覚悟次第とは思っていたんですが、君に覚悟を説いたところで無駄だった事を忘れていました」
「とんでもない事を言っているし、凄く失礼な事を言っている自覚はあるのかな。いや、力を貸してもらえるなら文句なんて言える立場じゃないんだけど」
これ以上、彼女に面倒事を言われる前に早く力を貸してもらい、心象世界から現実世界へと帰りたい。首輪でさえ煩わしいのにまた余計な枷でもつけられでもすれば、まともに力を振るえなくなる気がして仕方ない。
正直、今でこそ半分吸血鬼ではあるのだが、それを差し引いても血は好きじゃない。美味しいと思って飲むものではないのだがエリザベスの機嫌を損ねる前に、自称貴重な彼女の血を好き嫌いは置いておいて早めに頂きたい。
「早く血をくれ。君のそのジトっとした目はそう思っているんでしょう?心を覗かなくても丸分かりね」
「いやいや、まさか血が頂けるかもしれないお方を避けるなんて、そんな事、ね。もっとエリザベスと話をしていたいのは山々だけれど、現実問題でアハトのためにも早く戻って上げないといけない」
ここを早く離れたい。その為にアハトをダシにしてついた詭弁だが、全てが嘘というわけではない。心象世界にいる間は時が止まっているとは言え、何かが原因で死にかけているアハトを助けに戻りたい。気に入らない相手ではあるが、助けたいという気持ちは人並みにある。
「相変わらずの舐め腐った態度、気に入らないわね。でもまぁ良いわ。血が早く欲しいんでしょう?じゃあ、素早く直接、君にお届けしてあげる」
「……え?モゴッ!」
嫌な予感はした。彼女の目が悪戯を企てる一少女の顔をした瞬間に。玉座に足を組んで座していた彼女は笑みを浮かべた後、予備動作なしにそこから姿を消す。
所詮、今はただの人間もどきでしかないクロには反応できる訳もなく、背後から良い匂いが漂ってきた事で後ろに飛んだ事が辛うじてわかる。
しかし、後ろを取られた事がわかっても反応ができる訳ではない。当然だが後ろから伸びる彼女の手にも反応できる訳がなかった。
「ほら、待ちに待った私の血よ。さあ、私に感謝しながら存分に味わいなさい」
「むーーーッ!」
「ほら、歓喜の声を上げて良いのよ?私相手に愚かにも豪胆に交渉をしてきた君への褒美よ。私から直接血がもらえるなんて機会、普通は君みたいな凡人なんかに回ってこないのよ」
血のついたいやに冷たい手で口を塞がれ、声を上げようにも上げられない状況を作り出される。Sっ気のあるエリザベスに飲みたいと言ったとはいえ、楽しそうに無理矢理血を飲ませようとしてきている。
望みだった血を拒む必要はないのだが、口を塞がれるという行為に対して反射的に抗ってしまう。例え彼女が美少女で、近寄っただけで柑橘系の良い匂いが漂って来ていたとしても。
しかし、ゲームの中で非力な一村人が襲いくる魔物に対して何かできた事があっただろうか。状況はそれと同じだ。自分の心象世界でさえ、吸血鬼の姫であるエリザベスを抑える事はできない。なす術もなく血を飲まされ続けるのみだ。
一滴、また一滴とエリザベスの血が体の中に染み渡っていくのがわかる。普通ならば、吸血鬼が吸血鬼の血を吸ったところで意味はない。同族の血を吸って力を引き出せるのならば、吸血鬼は最強の存在と化していただろう。要するにそんな都合の良い話はないという事だ。
それも吸血鬼の王であるエリザベスには当てはまらない話ではあるのだが。低位の吸血鬼では治癒力が増強する程度でしかない血も、彼女の血ならば一滴でも普通の人間が飲んで適合することができれば不死となる。
言い方を変えるならば吸血鬼になるということ。であれば、そんな馬鹿げた効能がある血を彼女未満の吸血鬼が過剰に摂取したらどうなるか。
こうなる。
エリザベスは満足したのか、塞いでいた口から手を離す。息苦しさからは解放されたが、体の内から別の気持ち悪さが襲い始める。
体が急速に熱くなり、かと思えば体が凍るかのように冷たくなる。頭の中がかき混ぜられて、体がバラバラに砕け散っていく感覚。襲ってくる気持ち悪さに自然と口から叫び声が漏れる。
「ああああああああああああああああああああああ」
「わかっていた事でしょう?力を得るのがどういう事か。それを今更そんな苦しそうにしても、私は助けて上げないわ。私に対して取った不遜な態度、反省しながら現実へと戻りなさい」
「ま……待て……。話はまだ終わって……」
女王へと手を伸ばした瞬間、今の今まで立っていた底が抜ける。自由落下を始めた体は段々と消えゆくように、やがて意識まで失った。




