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「断る」
「は?なんでだよ。この前は条件付きとは言え、力を戻してくれたじゃないか。今回もピンチなんだよ」
「そんな都合の良い女だと思っていたのなら腹が立つわ。それに今の君は、そんなに危機的状況だとは思えない」
血に染まったかのような赤一色の空間に、ただ1つ置かれた絢爛豪華な玉座。いつものように彼女はそこへこちらを見下すように座っている。
声をかけてみたは良いものの、気軽に彼女と話せるとは思っていなかったので内心では冷や汗が出ている。そんな事はお見通しだとまるで言っているかのように彼女の目は赤く光っている。
「首輪の制約をただの1つも解除できないままに私を呼ぶ度胸と私への敬意に免じてテーブルにだけはついてあげる」
どうやら女王ではなく、姫と呼んだのは正解だったらしい。何故、姫と呼ばれて喜ぶのかはわからないが、薄々察しはついている。
「それで、一体君は何を望む?今の君が代わりに何を捧げられる?」
「俺が望むのは力。今を壊す事ができる更なる力だ。そして捧げるものはない。自慢じゃないが、俺に捧げられるものなんて命くらいしかないからな」
「……君、本気で言ってるの?等価交換じゃないのは仕方がないにしても、10:0の契約が成立するほど私がお人好しだと思っているって事ね」
「そんな都合の良い話がないのはわかってる。けれど、前は俺に何も要求せずに力を戻してくれたじゃないか」
制約の首輪をはめられたとは言え、今回も彼女の機嫌次第でどうにかなる。彼女の近くに少しの間居たからこそわかっているのだが、彼女は超がつくほどの気分屋だ。気分が良ければ人を助けるし、気分を害されれば国すら滅ぼす事を躊躇わない。例えその国が自身にとって利益を産む国だったとしても、そんな事は関係なく破壊の限りをつくされる。
相当に嫌な事をされなければ、面倒という気持ちが勝るので何をする事もないだろうが。気分屋というものは全くもって度し難い。
要するに彼女の機嫌を取ればいい。どうすれば彼女が気にいる行動が出来るか、それは簡単だ。
「お前が望む物はわかっている。俺がまた、お前の道化になればいいんだろ」
「あら、とっても言い方が悪いわね。私がいつ君を道化扱いしたかしら。いつだって私は君を危機から救うために、快く力を貸してあげたじゃない」
「結果的に、だろ。お前は俺が、いや人間が足掻き、そして無様にも散っていく様を。お前は楽しんでいるんだ」
玉座の上で踏ん反り返る姫、いや女王であるエリザベスを指差しビシッと決める。カッコつけられるところはつけないと、数少ないチャンスを逃す事になる。
そんな姿を見てどう思ったのかは知らないが、聞くだけで呆れた声を彼女は出す。
「はぁ。君が私の何をわかった気でいるのかは知らないけれど、これから力を借りようとしている者に対して失礼な事を言っている自覚はある?」
「だって、お前から力を貸してくれそうな気配がしないから、口でどうにかできないかと思って」
「……もう良いわ。君がそう感じたならそうなのかもしれないわね。でも君には悲劇の他に別の物も捧げてもらうわ」
「なんでだよ。俺の物語が捧げる物になるのなら、他に捧げるのは取りすぎなんじゃないか?不当な取引だ!」
「私の血を飲ませてあげるのよ?君が作るありふれた話なんて、1にも満たないのだから追加で捧げる必要があるわ。それに私の血がどれだけの価値とされているか、君は知っているでしょう」
大した自信だ。自分を神だとでも言うようなその自信は、他者の誰にでも覆しようのない事実である。エリザベスの血はクロの血よりも摂取した時の再生力が高く、特殊な魔法を得られると信じられていた。実際に力を得られた人間がどれだけ居たのかは知らないが、吸血鬼の姫としての格がそう物語っていたのだろう。
しかし、それがただの噂ではなく、事実に基づいた話であることを俺は知っている。彼女から特別な力を実際に与えられたのは自分なのだから。
「知っている、だからこそだ。俺はお前をいつ何時も特別だと思ったことはない。都合の良い話だとは思っているさ。だが俺は対等の存在であるエリザベス・トゥーリとしてのお前と契約がしたい」
誰が聞いたとしても、それはただの上っ面だけの言葉。それでも、今の自分に覚悟を示す方法は言葉で訴えかけるしかない。
薄っぺらい言葉で高潔な彼女を動かせる人間が、エリザベスの人生の中で1人でもいただろうか。
「まあ、良いでしょう」
「良いんだよ」




