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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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 アハトに後を託して気を失ってからどれくらい経ったのだろうか。グラつく頭を手で押さえながら、外気は冷えきり月明かりが差し込むだけの暗闇が広がる部屋で目を覚ます。


 ここが何処かなんて一切の検討もつかない。しかし、似ていると場所が何処かと言われれば、少し前に対策課らしき組織の牢屋へ連れて行かれた時と雰囲気は似ている。


 つまり、カタギが気軽に行けるような場所ではない事が雰囲気でわかる。そして傍らで眠り姫のようにグッスリ寝ている少女。


 後を勝手に託した筈だが、こうやって仲良く隣で寝かされているという事は、彼女は負けて一緒に閉じ込められている。もしくは彼女が勝った上で、又パワハラ組織に閉じ込められている可能性もある。


 だが、その可能性は一瞬で消される事となる。


「やっと起きましたか。傷の治りは異常に速い癖に、気絶した時は人並み以上に長い時間寝るんですね」


「お前は双子の......お前が五体満足で立っているってことは、俺の賭けは外れたってことか」


 勝手に賭けておいて、外れたら人並み以上に落胆する。自分で考えていてもどれだけ人間の屑なのかを思い知らされる。それでも他人へ勝手に期待してしまうのが人間だとも、勝手に人間のことを理解した気でいるのは異世界で様々な人間を見てきたからだろうか。


「賭けというのは知りませんが、そこの彼女はよく戦っていましたよ。姉さん相手に五分の戦いをできるのはそういませんでしたよ。戦いの様を見ていて、心の中で拍手を送っていました」


「じゃあ、良くやったという事で俺達を薄暗いこの場所から出してくれ。そもそも、先に仕掛けてきたのはお前らだ。俺、いや俺達はそれに応戦しただけで、これは不当な拘束じゃないか?」


 それが彼にウケたのか、彼は実際に手を叩きながら話し始める。手を叩きながら話すのは下品に見える事が多い。がしかし、片割れは気品を感じさせる等間隔で激しくない拍手を見せる。


 それもまた、見方によっては腹の立つ動きではあるのだが。


「面白い事を言いますね。まだこの期に及んでシラを切るなんて。怪しい動きをしていたのは勿論ですが、私達もそれだけで詰めたりはしません。裏取りをしていたからこその結果ですよ」


「……流石、なんだっけ組織の名前。確か、レッドなんたらだったか?随分とカッコつけた名前だったのだけは覚えているぞ」


 本当は名前くらいは覚えている。幾ら馬鹿だったとしても、()()()()()()なんて厨二心がくすぐられる名前は忘れられない。


 じゃあ、何故とぼけたか。話術なんてものに自信はないが、今は情報がなさすぎる。例え相手を煽る事になったとしても、抜けるだけ情報は取ろうと血が抜けて冷静になった頭で考えた。


 吸血鬼化すると頭は冴えるようになるのだが、それ以上にどうしても破壊衝動に駆られてしまう。吸血鬼の性質に呑まれてしまうのは、吸血鬼としても未熟だからなのだろう。


 吸血鬼としての力も傷が治りきったので落ち着き、ようやく事態の深刻さを理解した。隣で寝ているアハトには少し悪い事をしたとは思うが、今更ではあるので今後挽回すると心の中で誓う事で勝手に許してもらう。


「そもそも、最初から一緒に行動してればなんてタラレバ、考えたくもなかったよ。それで俺達を出してくれる気にはなったか」


「僕個人としては逃してしまっても構わないんですがね」


「じゃあ、誰かに見つかる前に早く……」


「残念ですが、そう美味い話はありません。あなた方にはここで死んでもらうよう、姉さんに言いつけられていますので。幾ら傷が治るとしても、食料がなくなれば不死でいられるのかを見守るのが僕の役割です」


「お前、そんな事が罷り通ると」


 彼に飛び掛かろうとしてみるも、透明な壁に阻まれる。なので壁越しに凄んでは見るものの、一切の動揺を見せないでその不気味な笑みも崩さない。


 絶対的な安全を確信しているからこその笑みなのか、それとも対応できる自信があったのか。どちらにせよ、余裕が透けて見える事には違いない。それをわかりやすく示すように、彼の態度へ現れる。


「そのように力任せの野蛮な行動は意味がないとこれでわかったでしょう。力で物に訴えるなんて行為は無駄でしかないんですよ」


「人を余裕で殺そうとしてきた人間が言う事じゃないだろ。今に見てろ、こんな薄そうな壁はアハト(こいつ)を起こせばなんてこと」


「あぁ、それは辞めておいた方がいいですよ。彼女は今、衰弱状態。それが姉さんの仕込んだ事なのか僕は知りませんが、無理に起こしてもまともに動ける状態じゃないそうですよ」


 言われてすぐ彼女の顔を伺うが、光はほとんど差し込んでいないので薄暗く顔色はわからない。それでも意識して音を聞いてみると、呼吸が荒い事がすぐにわかった。


 それがどれだけの重症で起こっているのかは医療知識が全くない自分にはわからない。苦しそうな彼女に対して出来る事が、今の自分に何があるか考える。しかし、どれだけ考えようと凡庸な人間である自分には良い案は思いつかない。


 血を与えて回復を促進させる事も考えたが、外傷には作用されても病気が原因だとすれば効果はない。それどころか双子の片割れに起こったような体へ有毒と化する可能性もある。


 じゃあ、それ以外ならどうするか。今すぐここから抜け出して、早いところ医者に診てもらうのはどうだろうか。血さえあれば、また吸血鬼化する事はできる。問題はその血をどうやって用意するかだが、目の前にあると言えばある。


 あるのだが、今の彼女に吸血が耐えられるのかどうか。吸血鬼が起こす吸血行為は血を吸うだけに止まらない。無効化される可能性は高いだろうが、吸血鬼の吸血には簡単に言うとエナジードレインがある。


 血を吸えば体は治り、気分は上々、今まで以上に体を動かせるんじゃないかと万能感まで湧いてくる。それは吸血鬼の主食である血を接種して力が湧いてくるだけではない。自分の意思に関係なく、血だけでなく相手の体力も奪う。


 怪我人や病人相手の体力を奪う事が、どれだけ()()()かなんて流石にバカでもわかる。


「また詰みの盤面か。いつもいつも、頭の冴えない俺の時ばかり、どうしようもない場面に遭遇する。望んでもない厄介事。これはまた、あの女が喜ぶ展開になるんだろうな」


 結局、頼るのは吸血鬼としての自分だ。無能な人間である自分では瀕死の彼女を救い、ここから脱出する事は叶わない。ならば、ここで誰を頼るか。


「ああ、そうだ。今回も俺を助けてくれよ。姫」

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