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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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 凝血を使ったとしても元はただの血だ。吸血鬼から出た血だとしても副次的な効果はあれど、所詮はただの液体でしかない。それを幾ら固めたとしてもコンクリートや鉄塊ほど硬くするまでには至らない。


 当然、形を銃弾に似せようと血の塊は銃弾にはならない。幾ら亜音速で飛ばそうとも、貫通力は全くないので少し物陰に隠れる事ができれば容易く人肌が傷つくのを防ぐ事ができる。


 それを察したのかは心を読む力なんて持っていないのでわからないが、朋美は近くにあったトイレへと駆け込んだ。この時点で無造作に作り出した無数の血の弾が避けられることは確定した。


 それでも残っている散らばった血を、全て使い切るまでは撃ち続けるのをやめるつもりはない。そもそも殺そうと思ってインパルスを放った訳ではない。


 殺すつもりなら乱れ撃ちなどせず、例え身体が思うように動かせずとも狙えるだけは狙ってみるべきだった。それすらもしなかったのは乱れ撃ちに意味があったからだ。


「もっとだ、もっと集めて弾けろ。俺の力が失われる前に」


 撃って、撃って、撃ちまくる。幸い、インパルスを維持する為に身体を動かす必要はないので首輪に力を抑えつけられるまでは血が続く限り撃ち放題。血も腕を切れば流す事ができるので、実質弾は無限にある。


 乱れ撃ちされた血の弾は、壁や天井にちょっとした跡を残す。豪華そうな壁や天井が傷ついていくのは少し気持ちいいが、目的はまた別のところにある。


 傷ついていく壁や天井から生えているタレット。異能力ではない純粋な武力としての攻撃手段。この悪趣味な無数のタレットを一門残らず破壊しつくすのが、今考えうる最大の手。


 悪手にもなりかねない賭けの一手だが、ここまで一切姿を見せなかったのだから差し出した手を取って欲しいという勝手な願望。得体の知れない彼女(アハト)を奥の手になんてのは随分と自分に都合の良い話だ。しかし、きれる手札がない以上、今どこにいるかもわからない彼女を頼る他ない。


 アハトに頼るのはいつだって癪だが、異能力以外を無効化できそうにない彼女の為にタレットを無効化するという盤面を整えてあげた上で、アハトが赤阪に負けたならアハトのせいにしてこの任務は失敗という事にできる。


 任務の可否は組織に忠誠などないのでどうでもいいが、生きて帰っても責任を取らされるのはめんどくさいので責任事戦いを押しつけてしまうという賭けだ。


「壊れていない砲門は残り6つ。いや、5つか。威力が低い分、1門破壊するのに時間がかかり過ぎているな。情けない威力だ」


 首輪発動まで体感残り20秒。血は補充しなくてもどうやら足りている。問題は時間。今の考えている間にできた数秒で破壊できた砲門は2つ。この勢いならばギリギリ間に合いそうだ。


 少しホッとして、傷だらけの廊下を見渡す。アハトと赤阪の姿が見えないのは当然だが、伸びていたヲタク風の男と双子もいつのまにか姿を消している。動けない彼らをついでに始末しておくチャンスでもあったが、殺さないで済んだことにもどこか安心している自分もいる。


 殺し屋である彼らを野放しにするのは危険な事だと重々承知しているが、そこまでの責任を負う必要もないと勝手ながらに思っている。


 残り1門。ここまでくれば乱れ撃ちをする必要はないので、大雑把ながらにボロボロの体でできる一点集中狙いすます。十分に狙いをつけて、手のひらから発射しようとしたその時、心臓が急に音を立てて跳ねる。


「まさか、もう時間が。ま、待ってくれ。あとちょっと、あと数秒でいいから俺に猶予を」


 自分で出した焦りが隠しきれない情けない声は置いておいて、今どうするべきかまだ力が残っている内に、まだ頭が冴えている内に考えるべきだ。


 考える。考える。考えた。心音が焦りと首輪の抑える力で上がる。次第に増していく五月蝿い心音を抑えようと、触るとわかるくらい音の鳴る心臓がある左胸を抑える。胸の高鳴りが全ての思考を邪魔する。


「駄目だ。もうまともに考える事も、血を維持する事もできない。後1つ壊せば俺の役目は終わるって言うのに。くそ、とんでもないものを仕込んで……くれた……よ」


 そこで力の代償として、意識が強制的に刈り取られた。薄れゆく意識の中で、幻覚でなければ目の前を青髪の少女が通っていった気がする。

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