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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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「どうして、とはまた頓知なことをお聞きになりますのね。会場の方々は既に眠らせておいたので、心配には及びませんよ」


 そんな事は心配していない。薄情ではあるかもしれないが、目の前で亡くなる命や身内の命じゃなければ心配していられる余裕はない。彼らの話では黒い所も知っているという事なのだから、自分の身が脅かされる事も覚悟の上だろう。


 問題はそこではない。この血塗られたエスカレーター前の惨状を見て、一切動揺を見せないで立っている。闇を知っているとは言っても、これだけ血塗れならば、少しは叫んだり驚いたりするだろう。


 極め付けに彼女の口から出た「私の弟」という言葉。それが本当ならば、赤阪聡美も暗殺者集団の1人という事になる。


 その事を尋ねようと口を開こうとしたと同時にエレベーターから電子音が鳴る。下からの迎えが到着したようで、脱出の為の希望の光が降り注ぐ。


 アハトの所在はわからないので任務が今どうなっているのかわからないが、中途半端な状態で任務を放棄しようとしているのは間違いないので、できるだけの情報を聞き出したい。


 聞き出したいが、吸血鬼でいられる時間が残り1分を切っている今、異能力者である可能性が高い彼女と事を構えるには時間が足りなさすぎる。詳細不明の異能力者からは逃げるのが1番良い。普段からそうすればボロボロになるまでやられる事はないのだが、そこまで頭が回らないのがクロである。


 一瞬、逡巡してから急いでエレベーターに乗り込み、これまた急いで1階ボタンを連打する。エレベーターはものによって、2回押すと消えるものがあるのだが、そんな事は今のクロの頭には考えていられる余裕はなかった。


 ボタンが光り、次は扉を閉める為に閉ボタンを連打する。がボタンは光らない上にエレベーターは何の反応も示さない。


「おいおいおい、さっきまで普通に動いていたじゃんか。なんで急に動かなくなるんだよ」


「それはこの建物全ての権限が私にあるからですよ。監視カメラや防火シャッターだけじゃない。このタワー全てが私の手のひらの上」


 彼女の顔は見えないが、さっきまで話していた彼女とは別人のような圧を感じる。コツコツとこちら側に詰め寄る足音からは、恐怖心が掻き立てられる。


「手のひらの上で踊りだしたからには、タダで舞台から降りてもらっては困ります。貴方にはまだまだ踊っていただかないと私は満足できませんわ」


 怖い、怖すぎる。姿が見えていないのが余計に怖い。だが、吸血鬼としていられる残り時間を考えると、どうにかして逃げ出すよりも誰かの血を残り時間内に吸った方が現実的だ。


 子供だからと四の五の言っていられない。1番近いのはまだ立っている双子の片割れだ。彼の血を吸う事さえできれば、どんな異能力者かはわからないが簡単に負ける事はなくなる。


 そう判断するや否や、全力で前飛びする。飛びかかる姿は客観的に見なくてもわかるくらいには不審者でしかない。


「私がわざわざ出てきてお誘いしたというのに、お相手下さらない上に無視までなさるなんて。私は悲しいですわ。およよ」


「声が全然悲しそうじゃない……ってなんなんだよ、壁や天井にあるおびただしい数の銃は。急に雰囲気が変わりすぎやしないか」


 エレベーターから飛び出すと銃口が全てこちらへ向いた、素人目からしてもタレットだとわかるものがぱっと見ただけで10門以上は目に映る。エレベーターに入る前は豪華なホテルの廊下でしかなかったのが、漫画に出てくる悪の組織の本拠地でしか見た事がない防衛システムが起動した状態だ。


 しかし、弟を巻き込まない兄弟思いの姉なのか、すぐに発砲して来なかったのが救いだった。無事に意識を失ったジャックと呼ばれた片割れに話しかけ続けている片割れの肩に手をかける。


 さっきも見た光景だが、撃つ気がないのなら邪魔ができそうな人影もないので今度こそ邪魔をされる事はない。


「ちょっと待て、さっきまで足音を思いきり鳴らしながら喋りかけてきていたあの女はどこに行った?いや、気にするな。それよりも血を早く吸って時間の延長を」


「貴方のその動きはまるで、ドラキュラ伯爵ね。けれど、そんな隙だらけで何かをやらせるほど、私は兄や弟とは違いますわ」


 赤阪聡美の声はクロの背後から届く。そしてそれと同時に背中に衝撃が走り、急激に衝撃が与えられた場所から熱くなる。背中にナイフのようなものが刺さったのだろう。


 そこから一瞬の間に全身へ痺れがまわり、双子の片割れの肩を掴んでいた手も話してしまう。これが何か彼女の口から説明されるまでもなくわかる。異世界で旅をしていた時にも受けた同じ感覚。


「これは……毒……。どうして急に背後から」


 全身から力が抜けつつも、辛うじて自分の立っていた後ろを見る。そこにはくだものナイフサイズの銀色ナイフを数本持ちつつ、背中を刺した事で顔についた返り血を笑顔で舐める赤阪聡美の姿があった。

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