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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
35/62

1-35


 急に起き上がったクロに対して、2番目の兄と呼ばれるヲタク風の男が普段のクロなら反応する事すら難しい蹴りが頭を狙う。そのプロキックボクサー並みの蹴りを、わざと顔面の前まで引きつけ手で受け止める。


 そして噛みつこうとした時にやられた事と同じ、隙だらけになった腹へできるだけの力を込めて殴る。俗に言う吸血鬼パンチだ。


 誓約通り、吸血鬼の力でブーストされた筋力も5%。数値上で見れば大した上がり幅ではないが、それでも成人男性数人程度となら渡り合えるほどの力は得ている。故に振りかぶりが足りなかったとはいえ、パンチに込めた力は相当なものになる。


 殴られた男は足を掴んだままだったので吹っ飛びこそしなかったものの、男は柄にもなく素っ頓狂な声を上げる。


「兄さんを離せ」「このクソ野郎」


 弾のなくなった銃を2つ分顔目掛けて投げつけられ、銃が一瞬顔を隠す。その隙を突いて銃をしまっていた反対側の懐から出したナイフが、双子のコンビネーションを駆使して繰り出される。


 双子の連携は凄まじいもので、片方の攻撃で空いた隙間を縫うようにもう片方が攻撃を仕掛ける。その精密さは双子と片づけるだけでは済まされない。まるで言葉を交わさずとも2人の心は繋がっている。そこまで言い切れるほどの連携だ。


 例え彼らの力が所詮子供の力程度でしかないにしても、この連携力はそれを補い余るだけの力になっている。


 しかし、その全てを避けつつ、避けきれなかったナイフは刺さる前に弾く。何度繰り返しても当たらない攻撃に苛ついたのか、双子は怒りが混じった声色を上げる。


「なんで僕達の攻撃が届かない。どれだけふざけた身体能力をしていたとしても、僕達の連携を読み切れる訳ないでしょう」


「そうだ、俺達の攻撃はほとんど隙のない完璧なコンビネーション。避ける余裕はなかったはずだ。それに何度か当たっている感触はあった。何故それで何もなかったように立っているんだ」


「答える必要なんてない」と判断する冷静な()()()としての自分を押し切り、力が戻った事で調子に乗ってしまった()()としての自分が語り始める。


「俺の目にはお前らの非力な攻撃、その全ての軌道が手に取るようにわかる。笑っちまうくらいにな。そして当たった感触があるのに傷がつかない理由、お前らの目にしっかりと映してやろう」


『凝血』


 吸血鬼の技を使う時、わざわざ声を上げて言う必要はないのだが、魔法を使う時と同じようにイメージの具現化へ影響……しているはずだ。生憎、魔法がある世界に飛ばされたというのに、まともな魔法を使えた試しがないので本当のところはわからない。


 仲の良かった腕の立つ魔女がそう言っていたので、きっとそうなのだろう。カッコいいからとかそれっぽいからなんてふざけた理由じゃないと思いたい。


 散々、撃たれた事で生まれた血がクロの両脇へと一瞬で集まる。形は球体、フヨフヨと浮いている訳ではなく、空間へ固定されているような印象が与えられる。


 言葉の通り、辺りにあった血の一部を集めて固めた。この塊を薄くしたものがナイフから体を守っていたというのが無傷の理由だ。


 そんな事はただ血が浮いているだけではわからないのだろうが、双子は血が急に集まった事に驚いている様子ではあった。しかし、それはきっと別の事に驚いているのだろう。それは


「何故、異能力を2つも使えるのか。だろう?お前達が言いたいのは。そんなところまで今日会ったばかりのお前らに言う必要はないが、敢えて言おう。俺は一言も異能力について何も言っていないぞ」


「それは答えになっていない。お前は俺達に撃たれた。普通なら銃槍による出血で、既にこの世からいなくなるまで」


「ですが、今の貴方は兄さんを一撃でノックアウトできるほど動けています。それを異能力と言わず、何と言うつもりなのでしょう」


 そう言われても、「僕は吸血鬼です」なんて明かす訳にはいかない。それぐらいの理性は()()の方でも働いている。


「そうだな。お前らがさっきからずっと使っている、伝達系の異能力と同じ枠組みに入るならそうだろうな。だが生憎、俺はお前らと違うんだ」


 わかりやすくビシッと指を差す。人数的には形勢が逆転したとはいえないが、あのコンビネーションは隊長と同じような伝達系の異能力に違いない。


 予想ではあるが、互いの思考を無条件に読む事ができるとかだろう。隊長が前線を張らないように、諜報としては使える異能力ではあれど、銃がなくなってしまえばナイフ程度は吸血鬼の脅威にならない。それが2人組だったとしてもだ。


「時間はあまり残されていないから、お前らに復讐してやる事もできないが、せめて一思いに殺してやるよ」

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