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陳腐な脅しだ。動けば撃つなんていうのは、不死性が高い吸血鬼相手では脅しにもなり得ない。しかし、わざわざ撃たれて痛い思いをするのも嫌なので、実質的には脅しとして成功している。
「す、すいません。ただ僕はエレベーターで下に行きたくて、怖かったので横を通って早く乗りたかったんです」
演技力には一切自信がないので、到底騙せるとは思わないが相手も素人である事に賭ける。下手をすれば煽っているような態度ではあるが、もうそこは気にしない。
「へー、それは道を塞いで悪かったな。でもこっちも既に撃っちまってんだよ。今更、お前を「はい、そうですか」と放逐する訳にはいかないんだよ」
「2番目の兄さん、どうせ今のはハッタリだよ。だからね、もういっそのこと死体にして、バレないように連れ出しちゃおうよ。こっちを見てる奴は1人もいないからさぁ!」
返事など待つ必要もないと、口調が荒い方の子供が発泡を始める。口調で区別をしたが、子供2人の見た目は一卵性の双子だと推測できるほどにそっくりだ。服装まで揃えてきているのだから、シャッフルでもされると最早区別のつきようがない。
心なしか口調が荒い方の目は吊り上がっていて、丁寧に話している方は目が細く、一見優しそうだが何処か不気味に感じる。圧を感じたせいで、幻視してしまっているだけかもしれないが。
初弾は拳銃を構えるまでの時間があったので、ぎりぎりの所で躱す。しかし、2発目3発目と間髪入れず撃ち込まれ2人、腹部に激痛が走る。
幸い、撃たれたことによる衝撃で後ろに飛ぶことはなく、ヲタク風の男の肩にまで手が届く。
「やっぱりそうか。だったらお前を客人扱いで手加減する必要はないな。大人しく銃弾が当たったなら寝ておけよ」
肩へ噛みつく前に撃たれた腹へ、更にヲタク風の男が拳を打ち込まれる。既に痛みは限界まで達していたので腹への痛みは相変わらずだったが、強い衝撃を加えられた事で肩を掴んでいた手を離してしまう。
アニメのように壁まで飛んでいくことはなかったが、尻餅をつく形で地面へと座り込む。そこへ追撃として足で体を踏み潰されそうになる。しかし、それは手で後ろにジャンプする事でなんとか躱す。その必死な動きを見て男は笑う。
「撃たれている割には機敏な動きじゃないか。これは早々に捕まえて、色々お前に聞かなければ駄目だな」
「……話すことなんて何もない。それより、ここで手を出して良かったのか。招待客の誰かがここを通れば、お前達もタダでは済まないんじゃないか」
撃たれた事で血が垂れているので、辺りは血の臭いと薄らと漂う火薬の臭いで満たされている。人よりも鼻が良い吸血鬼だから、これだけツンと鼻にきているのだろうが、普通の一般人でも違和感を覚えるくらいには充満している。
何より買ったばかりの新品のように綺麗な絨毯に、血の跡がついているのは通りかかればわかるくらいには目立っている。
こんなにもわかりやすい跡を残す集団が今回受けた依頼のターゲットである暗殺者集団ならば、暗殺を達成するのは簡単かもしれない。
とは言っても、傷口が癒えるまでは吸血鬼の力を使わなければ痛みでまともに動けない。かと言って今飛び散っている血は全て自身から流れた血なので意味がない。吸血鬼は血を必要とするが、自分の血を舐めただけでは吸血衝動を抑える程度のものでしかない。
不完全な吸血鬼でしかないクロにとって、吸血衝動もほとんどない。なので抑える効果も意味をなさない。どうにかして噛みつく、又は血を流させなければ幾ら相手取るのが簡単だとしても動きようがない。
どうにかして誰かがここを通るように仕向けることが出来れば、それに紛れて逃げる、或いは血を拝借することできるかもしれない。
そんな甘い考えが顔に出ていたのか、双子が前に出て話始める。まるで先生が生徒に向かって授業をするときのように。
「あなたが今、撃たれながらも動揺することなくこうやってまともに話している。つまりあなたも特別な力を持っている。もしくは裏の人間である証明です」
「そしてこの会場にいるのは裏の世界を知る人間のみ。あんたが懸念している、いや期待していることは起きないよ.。それを知ってもなお、誰かを呼びたいのなら騒ぐなり、叫ぶなりしたらいい」
双子はそう冷たく言い切って、拳銃の引き金をおもむろに引いた。




