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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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「先輩、どうしたんですか?そんな深い溜息なんてついて」


 客が居なくなったレジで溜息を吐いていると、後ろの2番レジから声がかかる。


「それがな、聞いてくれよ松田さん。最近、色々あったせいで人生に悩んでるんだよね」


「人生、ですか。私には難しい題材ですね。一体何があったんですか?」


 何があったかと言われると、何を話して良いのか答えに困る。短い間に色々な事があった。異能力を知る者としては逆に、今まで何もなさすぎたという事なのだろうが。


 色々あった事の中から彼女に話せる事が何かあるかと考えた時、彼女に伝えるべき事があったことを思い出す。


「これはその何かとは全く関係ないんだが、例のおじさんは捕まったから安心して欲しい」


「そうだったんですね。どうりで最近見ないと思っていたんですよ。でもどうしてそれを先輩が知っているんですか?」


「そ、それはだな……そうだ、店長がそうやって話してくれたんだよ。俺はあいつに殴られたからな。それでその場にいた松田さんにも伝えておこうと思っていたのを忘れてたよ」


「そうだったんですね」と納得してもらった所でちょうど客がレジにきたので、そこで会話は終わる。いつものように接客を始めようとしたところで、前に立つ客の様子がおかしい事に気づく。


 体調が悪そうという訳ではなく、一見普通の会社員にしか見えない。しかし、彼を目でしっかりと認識してよく見ようとするとピントが合わない。彼と表現したが、実際のところ彼なのか彼女なのかすらもあやふやだ。


 そう、目の前にいるのは異能力者だ。認識阻害の異能力の効果なのか、彼がレジに立っていることを後ろから来た別の客は認識しているらしい。特に違和感も持っていないようだ。


 ここで大声を出して、異能力だと言うことを他の客や別の店員に聞かれる訳にはいかない。なので顔を近づけて、目の前の彼にだけ聞こえるように、ボソッと小声で話しかける。


「あんたは誰なんだ。どうして急に俺の目の前へ現れたんだ」


 聞いてみたは良いものの、まともに答えてもらえるとは思っていない。だが意外にも、声にもボイスチェンジャーのように補正がかかっていて、男か女の判別はつかないが返事はまともに返ってきた。


「ただの買い物客……ではない事はわかりますよね。あなたに情報の提供と忠告をしに参りました。本当はアハトに頼むつもりだったのですが、彼女があなたには会いたくないと我儘を言っていたので」


 不穏な空気を感じて身構えるが、あそこまで厳格そうな組織の中で我儘を言っているアハトの姿を想像して、少し笑ってしまった。心の中で笑いを留めておきたかったが、不覚にも顔に出てしまい含み笑いのまま話し始めてしまう。


「と言う事はあんたは情報課の人間か。秘匿組織の人間さんが、どうして他の人に見られる可能性のあるスーパーで話を?」


「警告の為です。情報の提供だけならば、あなたの家まで訪問するだけで済んでいたのですが。あなたを止めていなければ、何を話すかわからなかったので」


 思ったよりも話が重く、笑いが一気に引っ込んだ。さっきまでの会話を聞かれていて、何を話すかわからないから仕方なく姿を現した。彼はそう言ったのだ。


 ただの一般人と変わらない下っ端風情が、何を話すかわからない。そんな心配をするのは理解できる。それよりも気になったのは、どうやって会話を聞いていたかだ。


 後ろのレジに立つ松田が聞こえるよう多少声を張っていたとは言え、正確な会話の内容を聞けるまで近づいていた客はいなかった。


 もちろん今見せられている認識阻害の異能力で、会話が聞こえる距離まで近づいていた可能性はある。だがそんな効率の悪い事をせずとも、誰にもバレずに聞く方法はある。


 前回の事件の事も踏まえて1番可能性のある方法。漫画では常套手段である盗聴機、漫画に出てくるような組織なので気がつかない内に仕掛けられていたのではないか。あくまで妄想に近い想像でしかないが。


 しかし、そんなことを問い正したとしても、まともに取り合って貰えるとは思えない。ならばここは素直に話を聞く事にする。


「あー、それは俺の意識不足だったかもしれない。申し訳ないな。それで元々の用件はなんですか」


「……まあ、良いでしょう。もしもの事があれば、あなたが大変な事になるだけなので。私の用件は依頼です。とある場所で異能力者を見つけたので、あなたの手で排除して下さい」


「排除だって?急にそんな事を依頼してくるなんて、えらく物騒じゃないか。普通、保護や勧誘じゃないのか。ってなんだこれ」


 彼は徐に封筒を商品を何も出さないので広く空いていたサッカー台へと置く。封筒を手に取って軽く回してみるも、外側にはどこをみても宛名すら書いていない。


 これに何が書いてあるのか、当然気になるので封筒をその場で開けようとする。しかし、その手は彼に掴まれる事で阻止される。


 顔が上手く認識できないながらも彼の目をみると、彼は首を振っており、今は開けるなと暗に言っている事に気づく。


「これ以上お待たせすると、後ろに並んでいる他の客に迷惑がかかりますので。詳細は記されています。では、頼みましたよ」


「お、おい!俺はまだ受けるとは……ってどこ行った。違う客の後ろを通った瞬間見えなくなったぞ。便利すぎだろその異能」


 商品をひとつもお買い上げする事なく、彼もしくは彼女は辺りを通る人々の影に消えていった。唯一残ったのは手元にある封筒のみ。


 これを開ければまた面倒事に、巻き込まれるに違いない。最近吐くことが多くなった溜息を吐き、懲りずに封筒を開けようとしたところで気が変わり、大人しく身に纏っているエプロンのポケットにしまう。


 そして誰にも悟られぬよう、何事もなかったかのように心を入れ替えてレジ打ちの仕事へと戻る。


 レジで話す時はハキハキと、ご老人でも聞こえるように話すのが大切だ。


「次のお客様、こちらのレジが空いておりますのでどうぞ」


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